博士論文
アイデンティティとしての「周辺」:エチオピア南部における近代の物語
目次
まえがき-- i
目次-- vi
初出一覧-- xi
言語の表記について-- xii
グロッサリー --xiii
エチオピア行政区分図(1995年)-- xvii
バンナ全域地図 --xviii
エチオピア南部民族分布図 --xix
序論
1.バンナ --1
2.エチオピアの「近代」 --3
3.「周辺性」の認定をめぐって --4
4.近代の物語 --8
5.調査について --9
6.本論文の構成 --10
第1部 社会を律する価値 --13
第1章 権力とジェンダー/セニオリティ
はじめに --14
1.1.儀礼的職位と関連する諸観念 --17
1.1.1.ビタ --17
1.1.2.コゴ・ビタ-- 20
1.1.3.パルコ --20
1.1.4.グドゥル --21
1.1.5.アルティ --22
1.1.6.バジェ --23
1.1.7.小括 --24
1.2.親族名称 --24
1.2.1.名称の概略 --25
1.2.2.小括:親族名称におけるセニオリティ規則 --29
1.3.年齢階梯制 --30
1.3.1.東アフリカの年齢制度研究 --30
1.3.2.バンナにおける年齢階梯制 --30
1.3.3.年齢制度の歴史的要因 --33
1.4.アーツァ制とドンザ・イデオロギー --34
1.4.1.ドンザの定義 --34
1.4.2.ドンザ・イデオロギーの日常的実践 --35
1.4.3.人生過程と成人する条件 --39
1.4.4.清らかな存在としてのドンザ --43
1.4.5.祖先崇拝とケリ --47
1.4.6.ダンスとむち打ち --48
1.5.女性の年齢制度 --52
1.5.1.人生過程 --52
1.5.2.髪型と衣服 --54
1.6.まとめ --57
第2章 洗い落とされるミンギ
はじめに --59
2.1.ミンギ概説 --59
2.2.ミンギへの対処:抹殺、追放、清祓 --60
2.3.事例 --63
2.4.ミンギなビタ、ベザビ --68
2.5.考察とまとめ --69
第3章 性・婚姻・嫡出性
はじめに --71
3.1.性と婚姻 --72
3.2.子供の嫡出性 --74
3.3.バスキ --75
3.3.1.寡婦の選択 --75
3.3.2.バスキ世帯 --77
3.4.嫡出性の保証 --79
3.4.1.亡霊婚とそれに関連する方法 --79
3.4.2.父性と嫡出性 --81
おわりに --83
第2部 周辺的状況 --85
第4章 武装する周辺:銃・国家・民族間関係
4.1.中心/周辺パラダイムとエスノシステム --86
4.2.銃 --87
4.2.1.社会的構成体としての銃 --87
4.2.2.エチオピア中世から近世にかけての銃と狩猟 --89
4.2.3.現代バンナにおける銃の用途 --91
4.3.4.機種の変遷 --93
4.3.5.流通と入手方法 --95
4.3.戦いと荒廃の記憶 --96
4.3.1.アムハラ到来以前の戦い --96
4.3.2.征服、国家への統合 --97
4.3.3.イタリア期(1936-41) --102
4.3.4.ハイレ=セラシエ期(1941-74)--104
4.3.5.社会主義政権期(1974-91) --107
4.3.6.ポスト社会主義政権期(1991-現在) --108
4.4.考察 --110
4.4.1.敵の認識と攻撃モード --110
4.4.2.身体と戦闘組織 --111
4.4.3.銃の記号性 --113
4.5.結論 --114
第5章 豊かな南、貧しい南:貨幣経済と生存戦略の文化史
はじめに --116
5.1.資源の宝庫としての南 --116
5.1.1.ハンターたち --116
5.1.2.資源の宝庫としての南〜マジの例から〜 --117
5.1.3.19世紀以前の南オモ地域の交易 --118
5.1.4.銃導入以降のバンナの狩猟 --119
5.2.マーケット・ネットワークの発達 --121
5.2.1.支払いと伝統的交換モード --121
5.2.2.マーケット制の導入 --122
5.2.3.カイ・アファール --123
5.2.4.町の生業経済 --126
5.3.乾期の食糧獲得戦略:1993-94年、乾期 --128
5.3.1.ボリ村の様相 --128
5.3.2.マーケット活動と価格の推移 --128
5.3.3.さらなる遠隔地へ --129
5.4.生業経済の一部としての援助、1999年 --130
5.4.1.食料援助 --130
5.4.2.貨幣経済の進行 --132
5.4.3.マーケット --132
5.5.考察 --133
5.5.1.食糧獲得戦略 --133
5.5.2.牛・貨幣・銃 --135
5.6.おわりに --141
第3部 暗闇から明るみへ --145
第6章 異文化としての福音
はじめに --146
6.1.SIMとKala Hywot Church --147
6.1.1.1920年代から1980年代まで --147
6.1.2.1990年代以降 -150
6.1.3.バンナにおけるSIM --152
6.2.内なる他者・サバキ --154
6.2.1.サバキというカテゴリー --155
6.2.2.改宗と受難 --156
6.2.3.ボリ村クリスチャン・コミュニティ --160
6.2.4.精神障害者の受け入れ --171
6.2.5.コーヒー・食事と祈り --171
6.2.6.伝道師 --173
6.2.7.SIM/KHCネットワーク --175
6.3.信仰と活動 --177
6.3.1.教会(bete kristian) --177
6.3.2.賛美歌と少年少女聖歌隊 --179
6.3.3.聖書教育 --179
6.4.神と悪魔 --180
6.5.バンナ文化の相対化 --184
6.5.1.バンナであること/キリスト教徒であること --184
6.5.2.ジェンダーとセニオリティ --186
6.5.3.酒とタバコ --189
6.5.4.服装と髪型 --191
6.5.5.方形の家屋 --192
6.5.6.文字 --194
6.5.7.衛生観念 --195
6.6.分離とアムハラ化 --196
第7章 教育をめぐる政治と文化
7.1.問題設定 --202
7.2.南オモにおける学校教育の歴史と現状 --206
7.2.1.エチオピア教育史概観 --206
7.2.2.政府のことば・国民のことば --207
7.2.3.識字キャンペーン --208
7.2.4.南部における学校教育の展開 --210
7.2.5.カイ・アファールの寄宿舎生活 --212
7.3.就学をめぐる紛争 --214
7.3.1.ディレ事件の概要 --214
7.3.2.政治=文化的分析 --216
7.3.2.1.政府と警察の立場 --217
7.3.2.2.ドンザの立場 --220
7.3.2.3.キリスト教徒たちの立場 --221
7.4.亡命としての就学 --222
7.4.1.アジールとしての学校と寄宿舎 --223
7.4.2.ジェンダー問題として --225
7.4.3.アムハラ化 --227
7.4.4.揺れ動くアイデンティティ --229
7.4.5.生活規範の変更 --233
7.5.文化という問題領域 --234
第4部 「周辺」と「近代」 --237
第8章 中心/周辺論の再検討:エスノシステム論との関係において
はじめに --238
8.1.エスノシステム論 238
8.1.1.「エスノシステム論」とは何か --238
8.1.2.民族間戦争研究 --242
8.1.3.移住史研究 --245
8.1.4.生態アプローチと政治アプローチ --246
8.1.5.国家の中のエスノシステム --248
8.2.中心/周辺パラダイムの再検討 --249
8.2.1.Southern Marches of Imperial Ethiopia --249
8.2.1.1.マーレの場合 --250
8.2.1.2.ダサネチの場合 --251
8.2.1.3.行政都市マジ周辺における搾取と支配 --251
8.2.1.4.中心/周辺論における周辺のあり方 --252
8.2.2.中心文化/周辺文化 --253
8.2.3.人種をめぐって --255
8.3.中心/周辺パラダイムとエスノシステム論の接合の可能性 --256
第9章 バンナの「近代」
はじめに:エチオピアの「近代」 --260
9.1.アムハラ化・近代化・国民化 --260
9.1.1.同化プロセスとしてのアムハラ化 --261
9.1.2.バンナにおける文化闘争 --263
9.1.3.国民意識 --265
9.1.4.「国民食」と国家の想像力 --268
9.2.ミクロ・レベルの「近代」 --270
9.2.1.身体と規律・訓練 --270
9.2.2.食料援助における支配の様式 --271
9.3.文化の模倣と拒絶 --274
9.3.1.バンナの「ガル化」と政治 --274
9.3.1.1.マコネン・ドーレ --274
9.3.1.2.バンキ・シャーリ --276
9.3.1.3.ダンニャ・ベラチョウ --280
9.3.2.政治的自己周辺化 --281
9.3.3.「道」の選択 --283
おわりに --285
終章 --287
参考文献 --290
Appendix1 バンナのクランと半族 --306
Appendix2 バルジョ呼び(barjo ela)のテクスト --307
Appendix3 カラシニコフ銃の同定に用いたイラスト --310
Appendix4 1999年8月15日の日曜学校 --311
謝辞 --333