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Talk175:人生逆算モードに切り替えよう

(May 23/2009)


 4月はいつもナイル・エチオピア学会に参加するのが習わしである。いまは評議員と運営幹事もやっているので、学会前日から会議に参加する必要も出てきた。

 昨年は弘前大学で大会があり、そこで福井勝義先生にお会いできるのを楽しみにしていた。残念ながら福井先生は「体調を崩された」ということで不参加であったが、イギリスからお越しになっていたデイヴィッド・タートン先生にお目にかかることが出来た。

 福井先生の容態が重篤であり、あと数日も保たないかもしれない、という知らせを受けたのは弘前から戻った数日後。そのさらに数日後には福井先生は他界され、ナイル・エチオピア学会の面々はきっかり一週間後に鴨川河畔の葬儀場でふたたび顔を合わせることになってしまった。

 この一年間、8月にはエチオピアから招聘したTekalign Wolde-Mariam先生をお連れして、そして3月には一人で、福井先生の位牌に手を合わせた。タートン先生には追悼文の依頼をし、自分もまた福井先生についての文章を書いている。タートン先生の追悼文はもちろん英語なのだが、読んでいるだけで涙が出てくる。

 福井先生という「親父」を失って一年後に、もう一人の「親父」を失うとは、まったく予期していなかったことである。

 4月29日の夜に大塚和夫先生(東京外語大AA研)が亡くなった。その最初の知らせが後輩である椎野若菜から届けられたのが深夜11時半。そのメールを私が見たのが翌日の早朝5時。

 通夜や告別式に参加すべくフライトの手配などをやり、各方面と連絡を取り合っているうちに分かったのは「葬儀は密葬」というご遺族の意志だった。仕方なく、手配したフライトをキャンセルし、長崎で一人黙祷をすることにした。

 葬儀に参列されたのはごく少数の方々で、その中には同級生の高倉君もいた。後に高倉君からは葬儀の様子を教えてもらった。

 大塚和夫先生は、私がTalk139「オオツカカズオに褒められる方法」(この文章は大塚和夫ウェブサイトに修正した上で転載されている)に書いたように、私の父であり、兄であり、そして師匠である、とてつもなくでかい存在だった。博士論文を出版すると大見得切ったのに、それを届けられないうちに永眠されるなんて……。自分の「のろさ」を恨むしかない。

 私の「4人の師匠」のうち、若いほうの2人(大塚先生と福井先生)が立て続けにいなくなってしまったという事実を思うたびに、それが架空の出来事のように感じられてしまうのはなぜなのか。たぶん彼らの存在が私にとって、単に「先生だった」という以上に、リアルなロールモデルだったからだろう。

 私は福井先生が天才的なひらめきで議論をぐいぐい引っ張っていき、その場にいたすべての人を唖然とさせている様子をいまでもリアルに感じることが出来る。

 また、大塚先生と酒を酌み交わし、タバコをすぱすぱやりながら議論をやりつつ、分厚いメガネの底から放たれる鋭い眼光に怯えていた自分を、これまたリアルに感じることができる。

 つまり、彼らはまだ死んではいない。

 私と東北大の高倉君、そして民博の信田君は同い年で、一緒に大学院に入ってからずっと大塚先生の影響を受け続けてきた。どれくらいの影響があったかというと、我々3人とも、大塚先生がいなかったら今とはだいぶ違う研究者になっていただろう、というくらいの影響だ。

 いやいや、影響力の大きさなんかで大塚先生を語っちゃいけないな。

 我々はみな、教師・兄・父親として、大塚和夫のことが大好きだった。

 学恩に報いるためには、しっかりと研究すること、それしかない。でも、あれだけの超人的な仕事をぶりを真似できるかというと……、いやいや、そんな「ムリ」なんて言葉を口にするもんじゃないな。あの「ガハハ笑い」で押し切られるに決まってる。

 大塚先生はいつでも愚痴を聞いてくれたし、でも最後は厳しい叱咤激励で締めてくれた。

 まわりを見回せば、70代、80代の老人がたくさんいて、そう言うのを見ていると、みんながあの歳まで生きるものだと錯覚してしまうけれど、実際には早く死ぬ人はたくさんいるわけだ。

 日本人男性の平均寿命が80だと言っても、それは「平均」なのだから、80歳になるまでに亡くなる人はおおよそ半分いることになる。

 「自分だって、いつまで生きられるか分からないよな」と考えると、「無為な時間の過ごし方はしちゃいけないな」と、自然と思うようになる。

 無為な時間の過ごし方をしないために、なにを切り捨てればいいのか、

 答えは分かっているはずなのだけど、そのあたりのレベルの話になると、途端に下世話で生臭い話になるから、考えもまとまりにくくなる。

 あるいは、考えがまとまっても、実行が難しい。

 いずれにせよ、私も来月には41歳なので、その辺りのことを観念して「人生逆算モード」に完全に切り替えなきゃだめなようだ。

 死ぬまでに何が出来るか。これが人生逆算モードの考え方である。

 そのことをきちんと考えようとするけれども、日常のあれこれにすぐに流されてしまう自分がいる。

 でも、いつか自分の研究を立派な本に仕上げて、火にくべて、天国の福井先生と大塚先生に届ける。これだけはやってみせる。私は大見得切りで嘘つきだが、これをやらないまま死ぬわけにはいかない。

 それが出来ないままだったら、自分から閻魔さんに願い出て地獄に送ってもらうよ。だって、大塚さんと福井さんに、会わせる顔がないじゃないか。