Talk176:緩慢な絶望を生きる
(June 15/2009)
記憶が〈私〉を形作る。
実際に起きたこと/起きてしまったことが、存在としての〈私〉を支えている。
過去あっての〈私〉が、ここにいる。
記憶が私を形作る。
死者はみな膨大な記憶をごっそり抱えたまま舞台を去る。
〈死〉は誰にでも平等に訪れるから、
記憶もまた平等に消去されていくのだ。
では、
未来を語り、
未来を希望する心がどのように〈私〉を支えるだろうか。
多くの希望は実現不可能であり、
たとえ見込みがあっても、未来を語ることそのものが、
結局は、緩慢な絶望を可能性として抱えている。
あなたの夢はなんですか?
そう聞かれて、
あたかも準備された原稿を読むかのように夢を語れる人など、
そうそういるものではない。
聞かれてはじめて、
夢ってなんだっけ? と考え、
それが未然の〈あらまほしきこと〉なのだと理解したうえで、
その〈あらまほしきこと〉に想像をめぐらせるのだ。
我々は、
記憶によって自己を維持しながら、
可能性として抱え込まれた、緩慢な絶望を抱えつつ、
生きるしかない。
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