lalombe's website: Talk186:いまさらながら。

lalombe's website: talk

| HOME | lalombe's website: talk | Talk186:いまさらながら。 |

Talk186:いまさらながら。

(Dec. 31/2009)


 このサイトでは、年末に一年を振り返るtalkを書くのが「なんとなくの習わし」である。2006年のものは「灯火をかき集めて」(2006年12月30日)、2007年のものは「Oh! Duty-ful Days!」(2007年12月5日)である。昨年の年末はエチオピアに行っていたので書かなかった。

 今年はとにかく海外に出かけた。いまザッと計算してみたら、合計65日をどこかの国か、空港か、機上で過ごしていた。

 2009年の元日はエチオピアのアルバミンチで迎えた。早朝6時半に、ベケレ・モッラ・ホテルで迎えたご来光は美しかった。ここで同行した院生ORとSHとともに新年の誓いを立てた。ここで誓ったことはしかし、私に関してはほとんど実現されていない。

 年末年始も含めてエチオピアには3回行った。そのうち2回は短いながらも調査、もう1回は一種のフォローのためである。

 ケニアには2回出向いた。3月には西部のビクトリア湖をを訪れ、長崎大の研究拠点を訪ねた。8月には北東部のガリッサで院生NYさんの調査指導をした。ユニセフのスタッフとしての活動と、自分の調査と、そして(義理だけで)巡回医療の手伝いまでしてしまうNYさんのバイタリティーにやられっぱなしだった。(そしてNYさんのお嬢さんにピンクレディーの振り付けを教えた。)

 そのあと、バングラデシュに2回行った。一度目は院生ORのところで5日、SHのところで5日、それぞれ滞在して調査の指導をした。ORのところではベンガル人の一般家庭にホームステイしたが、これは私がエチオピアでやってきたのと同じやり方なのでとても楽しかった。プライバシーのカケラもなかったが、それは「そういうものだ」と思えばそれほど気にならない。

 SHはBRACというNGOのゲストハウスに起居していたので、私も一室を借りてそこで暮らした。とにかく蒸し暑いところで、一日に何度も水浴びをした。ここには11月にもう一度来ることになった。

 こんな感じで短期間の訪問を繰り返すことができたのは良かったのだが、これは長崎での仕事との兼ね合いを調整をしながらのことでもあり、実際に仕事の一部は他の先生に外注しなければならなかった。幸いに私の周囲には仕事がさばけて人柄が良くて学生指導もきちんと出来る先生が何人もいらっしゃるので、ある程度のことはカバーしてもらえる。

 そういえば、長崎大の国際連携研究戦略本部(私はスタッフではないが深い関わりがある)に、強力な若手スタッフが2人やってきた。2人とも人類学者であり、私の研究者ネットワークと深く結びついた人たちである。彼らが来てくれても私の仕事負担が軽くなるわけではないのだが、それでも刺激的なことがいくつかあった。

 そのひとつが「新しい研究企画」である。しかも2回も。これらは「研究を進める」というよりは、「未来の研究の設計図をつくる」というような仕事で、コンセプトを練りながら10人を超える若手研究者を組織するようなことをやっていた。夏には大阪で、秋には東京でそれぞれの企画のプレゼンをやってきた。

 プレゼンテーションをするのは得意な方だ。我々が取り組む課題の学問的重要性を訴え、その標的を見定め、目標を設定し、それに適度な「はったり」をブレンドするのだ。実際にプレゼンそのものの評判は良かった。だがひとつめは落ちた。ふたつめの結論は「仕分け」の行方次第である。(そして後者は日常的な不快感を研究の出発点にしているから、ぜひともパスして欲しい。)

 かように、今年は研究やらなにやらではかなり面白かった。自分自身のエチオピア研究はまるで進んでいないが(じっくりとデータ整理する時間=10日くらいのまとまった空白の時間がないから)、浮気者にはこれくらい次々といろんなことが降り注いでくる方が具合がいいのかもしれない。

 閑話休題。

 今年はしかし、トータルの収支はマイナスである。細かく書けばキリがないのだけど、とにかく外しまくっていた。

 こうやって見てみると、そろそろ「自分のことだけ」を考えてもいいんじゃないか、と自分を甘やかしたくなってくる。年齢的にも人生を考え直す時期なのだろう。

 そういえば数えで41歳というのは本厄であった。お祓いも何もしていなかった。

 Purification。こびりついたあれこれをキレイサッパリ洗い落として生きる道を立て直す。そのための通過儀礼が必要なのかもしれない。いまさらながら。