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Talk191:増田を選んではいけない10の理由

(Aug. 12/2010)

 これは、2010年4月に長崎大学大学院国際健康開発研究科(MPH)にて新入生相手に行った自己紹介の再録です。


 はじめまして。増田です。自己紹介をします。

 1968年、横浜に生まれました。体重はだいぶ増えてきましたが、まだ白髪も脱毛もありません。長崎大学では文教キャンパスの環境科学部というところにメインの籍を置き、修士課程では国際健康開発研究科で、博士課程では生産科学研究科で教えています。

 専門は社会人類学です。一般には文化人類学と呼ばれている学問と、まあ、だいたい同じです。長期滞在どっぷり型のフィールドワークによって、人間という生き物を「文化」という側面から考える学問です。だからたとえば医療とか保健とか開発といったことは、まったくの専門外です。はっきりいって私は場違いにもMPHに教えに来ているドシロウト。その点をお忘れなく。

 私は自分のゼミ生に忠誠心を求めます。たとえば月に一回は必ず飲み会をやります。欠席したら破門します。10月に市内某所で鮎を焼く会を開きますが、これも参加しなければなりません。人類学以外への浮気は厳禁です。浮気したら離縁します。私のゼミに来たら絶対服従を誓わなければなりません。もちろんこの話は50%くらい冗談です。(50%だけかよっていうツッコミはナシです。)

 この「50パーセント」という数字にはなんの根拠もありません。ただ数字で示さないと納得しない人がけっこういるので、一応数字にしてみました。どれだけ内容が充実していても、数字を処理しないと研究とは認めない人がこの世には確実に存在します。文化だナラティブだ解釈だと人類学者は言うけれど、そんなものまったく信用に値しないという研究者は、医療系にはたくさんいるのですよ。そう、あなたの目の前にも。

 ともあれ、人間は平気で嘘をつきます。それは人間が人間として成立するために、言葉が欠かせないからです。だから上のような適当な数字を出すのも、ごく普通に人間的な営みです。

 私の研究方法はいわゆる「質的研究」と言われるものです。私自身は現場での観察と、インタビュー、それもどちらかといえば雑談を中心とした聞き取り調査が得意です。いうまでもなく、言葉、それも現地語をもちいた「言葉のすくい上げ」が調査の中心になります。
 
 人間は言葉を使う動物だから、嘘、誇張、冗談、言い逃れ、もっともらしいげっちあげ、理論化を平気でやります。だからインタビュー調査の内容なんて信用できない、という人もいます。そうあなたの目の前にも。

 あるいは、ある事柄に対する現地民の解釈(文化的な言及)を「そんなの言葉を獲得した人間なら言いそうなことだ」と言下に否定する人だっています。私はそういうのが好きなんですけどね。それを面白がっている私の目の前でそれを否定するなら、人類学者なんて要らないってはっきり言えばいいと思います。そう、そこの人。

 人間が少しでも関わる研究で言葉を排除するのは不可能です。言葉を排除したい人は、たとえばダイヤモンドとかミミズとかの研究をすればいいと思います。ミミズはしゃべらない代わりに嘘もつきませんからね。ミミズって正直ですよ。雨がふればにょろにょろ出てくるし、水気が引けばあれよあれよというまに干からびちゃうし。嘘も理屈もないです。

 MPHの1期生11人のうち、3人が私のところで修士論文を書きました。3人ともそれぞれいろんな紆余曲折がありましたが、それぞれ持ち味の出た論文を書いてくれました。彼女らの研究に私はほとんど何も貢献していませんが、この2年間に交わしたメールは2000通を超えています。もちろん飲み会の連絡なんかも含めての数字ですけっこうな数になりますが、でも、こういう「メールを介した指導」は私の理想とするところではありません。その理由は後で説明することにします。

 まずはっきり言っておかなければならないのは、私は研究の指導者としては「あまりお薦めできない」ということです。私のゼミに来ることは苦労の連続でしかありません。だから、これから「私を指導教員に選んではいけない10の理由」を述べていきます。

(1)増田は役に立たない。
 研究者を分類する方法はいくつもあります。学問分野としては、ふつう「理系と文系」という分け方がありますよね。社会開発の分野ではたとえば「実務系と研究系」という分け方があります。それからこの大学院ですと「医療系と非医療系」という区分も立てられます。つまり「医師・看護師・薬剤師など」と「それ以外」という区分です。
 他にもありますよ。大学だと「実験系と非実験系」という分類があります。具体的な調査方法については、たとえば「量的研究法と質的研究法」という分け方もあります。
 でもって、一般にはこう思われています。

理系・実務系・医療系・実験系・量的研究 → 役に立つ(実学)。
文系・研究系・非医療系・非実験系・質的研究 → 役に立たない(虚学)。

 私は明らかに後者です。「医療も実務も知らない文化人類学者のもとで質的研究をした」なんてのは、学生さんたちの履歴書を飾れません。だからお薦めできません。

(2)数字メインの研究が苦手である。
 誰がなんと言おうと、国際保健の主流は量的研究つまり統計や疫学といった数字を使った研究です。私はしかし、こういう分野とは正反対の人間です。
 私の基本的立場は「数字で示せるものは示してしまえ」です。私にとっては数値データなんてのは、せいぜいバックグラウンドとか傾向を見せるくらいの役目しかありませんが、たとえば人口ピラミッドみたいなものは数字とグラフで示すしかないと思っていますし、自分の研究でもパーセント表示くらいはやります。でも、ナントカ回帰分析のたぐいはやりません。というか、やれません。
 主流ができないんだから、私のゼミはお薦めできないのです。

(3)いわゆる「質的研究」をする。
 量的研究だろうが質的研究だろうが、知りたいという欲求は同じです。ただ、質的研究は情報のメインが観察記録と「言葉」ですし、あらかじめ定められた質問票(クエスチョネア)の枠を越えてしまうような発見を期待するところが大きいですから、調査自体に手間がかかります。
 予期せぬものを発見することにこそ研究する醍醐味がある、だから質的研究法は優れている、というのが私の立場ですが、短期間で調査して論文を書かなければならないMPH院生にはあまり勧められません。いや、ホンネでは質的研究にどしどし取り組んでほしいと願っていますし、計画通りに進行する研究なんてクソ面白くないと思っていますが。
 まあ、将来を考えたらやめておいた方がいいですよ。リスクが大きすぎますし、そんな理由で質的研究を放棄した学生だっています。やっぱり薦められません。

(4)国際保健の実務を知らない。
 いうまでもなく。やったことないですから。この手のことは私のところではなんにも学べません。役立たずですし、その意味ではいなくてもいい教員です。

(5)もともと授業が多い。
 今学期はわりと少なめですが、多いときには週に9コマをやることもあります。するとMPHゼミをいつやるか、という問題に直面します。週末に数時間にわたってゼミをやらざるを得ないこともありました。それって嫌でしょ?

(6)ぜんぶ一人でやってる。
 研究所のセンセイ方と違って、私のところには助手とか事務補佐員といったサポーターが一人もいません。授業の配布物も自分で印刷するし、出勤簿だって自分で作る。研究で買い物をすればその伝票処理だって自分でやっています。研究所の先生たちみたいに恵まれた環境にいませんから、とにかく雑用に追われています。

(7)学部ゼミ生が多い。
 環境科学部での増田ゼミは、過去4年間で19人を送り出してきました。今年は6人が卒業論文を書きます。増田ゼミの卒論は粒ぞろいです。みなさんがいずれ書くであろう修士論文よりもレベルが高いかも知れません。まあ頑張ってください。
 1月になると論文指導が佳境に入ります。正月明けから2月のはじめまでの私は、ほぼ休みなしです。授業と会議以外の時間をすべて論文指導に当てています。深夜まで添削して、早朝も添削してという毎日です。今年の1月も、修論提出直前の一週間はほぼ泊まり込み状態で、熱研リフレッシュルームの一画に臨時オフィスを構えたほどです。最後は丸二日寝ませんでした。
 今年の1月の給料を実労働時間で割ると「時給900円」になります。これは計算の仕方によっては「680円」になります。コンビニでのバイトと一緒です。
 とにかく、研究所のセンセイたちと違って、私には学部生の論文指導という仕事もありますから、院生への目配りはおのずと手薄になります。

(8)研究室が遠い。
 MPHは坂本の医学部キャンパスにありますが、私はふだんは文教キャンパスにいます。路面電車でもバスでも来られますが、けっこう面倒です。歩くと30分ほどの距離で、ご飯一杯分くらいのカロリーを消費します。
 研究室が離れているというのは、けっこう面倒なことです。私がクルマで移動するのに15分ほどかかりますし、クルマをお持ちでない学生さんはより多くの時間をロスします。私の研究室で勉強するという決断をしないかぎり、自然と足が遠のくものです。
 じゃあメールで指導すればいいじゃないか、とお思いでしょう。たしかに原稿のやり取りはメールで済ませられますし、私がパソコンで添削してコメントを返せば済む話に見えます。でも、それでは決定的に足りないのです。
 原稿の添削だけで済ませられるのは、論文指導のごく一部だけです。論旨をどうしたいのかとか、データをどのように扱うべきなのかといったことは、直接会って数時間話さないと見えてきません。データが貼り付けてあって、書きかけの文章が添えてあるような原稿を見せられたって、話の進めようがないのです。
 要するにこうです。論文指導にはダイレクト・コミュニケーションが欠かせない。でも、研究室が離れていると直接会うこともままならなくなる。
 そうなると、たとえば、ふと「ディスカッションしたい」と思い立っても、目の前に当人がいないからできない、ということになってしまいます。坂本キャンパスにいるセンセイたちと私とでは、圧倒的なハンデがあるのです。ふと思い立ったときに、身近なところに国際開発や保健の専門家がいるんですから、わざわざ私のゼミを選ぶ必要などありません。実際そうでしょ?

 さて、自己紹介もだいぶ長くなりましたね。まだ8つ目までしか言っていませんが、そろそろおしまいにしましょう。ちなみに9つ目には「増田はしつこくて鬱陶しいし、グレやすいからやめておけ」、10番目には「増田は研究者として最底辺だからやめておけ」というのを言うつもりでいました。どちらも説明不要なくらい自明の事柄です。

 ゼミ選びのさいには選択肢から外してもらえるとうれしいです。みなさんの将来を考えれば絶対にそのほうがいいし、私のほうも心の平安を取り戻せるというものです。