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政治とは、異なる手段による戦争の継続である

(Apr.22/2005)



中国での若者たちの暴動についての報道が、ここ数日、テレビのニュース番組や新聞の紙面を賑わせている。現場に居合わせたわけでも、ペットボトルや生卵を投げつけていた当の若者たちの話を聞いたわけでもないので論評めいたことはできないのだが、報道を目にするだけでいくつかのことに気がついたので、この場を使って書いてみようと思う。これはいわばメモランダムだ。



(1) 若者たちは楽しげである

人びとの経験から書き起こす、という人類学的スタンスからすれば、この点がひじょうに重要だ。キプロス島におけるギリシャ−トルコ国境の諍いでも、あるいはアジアやアフリカのどこかの国で起きた民衆の暴動でも、こうした投石における人びとの振る舞いにはいつも、なにがしかの楽しさが見受けられる。そう、これは祭だ。

古典的な人類学の枠組みを使って言えば、これは日常の秩序が反転された祝祭空間であり、退屈な日常を作り替える契機を含んだ創造的な暴力だと見ることもできる。たしかに彼らの「主張」は政治的な内容を含んでいて、それは中華人民共和国と日本国のあいだで、政治レベルで解決すべきものではある。だが、「彼らの不満が爆発した」とか、「鬱積したものが噴出した」という類のきわめていかがわしい心理的(あるいは感情論的)解釈を取りのければ、あのらんちき騒ぎを駆動させていた動機の一つが「楽しさ」であるのは間違いないと思う。だって破壊行為は愉快じゃないか。



(2)民衆の反乱は国家のお墨付きを得た

投げつけ用のペットボトルを配る人がいたり、アスファルトをはがして投げたり、あるいはわざわざ生卵を用意していたり(一体誰が、投げるためのタマゴなんて持ち歩いていたんだろう?)、組織的と言うよりはむしろ場当たり的な行動は、しかし、だれも血を流さなかったという意味では、秩序だっていたといえるだろう。(ごく一部に、ビールのジョッキで殴られた日本人留学生がいたが、あれはデモの現場ではなかった)。

これらの行為は、警察によって強制的に制止されることもなく、順調におこなわれた。ここ数日の中国政府の対応を見ていても、この暴力行使が国家のお墨付きを得てしまったのは明らかだ。この点が、天安門事件との決定的な違いだろう。天安門事件のときには、若者たちの怒りの矛先は当の中国政府だったから、軍は戦車まで動員してデモを蹴散らした。それ比べると、今回は攻撃対象が「日本」という仮想敵国であっただけに、政府はむしろこれを後押ししているように見える。

これは非常に面白い現象だ。民衆の暴動に対して国家がお墨付きを与えるか与えないかという基準が、その対象が何であるかという、政治的基準に重ね合わされている。そして、そうした政府の対応を知り尽くした狡い若者たちは、天安門のときの必死の形相からは遠く離れて、あの「投石コンテスト」とでも呼ぶべき現場に参加したのである。テレビカメラに写っても、誰も顔を隠そうともしなかったのが、それを物語っている。



(3)非常に抽象的な戦闘行為でもある

今回は、日本大使館に投石があっただけでなく、日本料理店なども片っ端から被害を受けたという。「ジャスコ」や「ソニー」「キャノン」といった看板も標的になったらしい。私が気にしているのは、日本に縁のある「文字」すなわち記号が破壊されるということの効果だ。これもまた、日本が韓国や北朝鮮、中国などとの間に抱える「歴史認識」に関する核心的な問題のひとつを突いていると思う。

その前に、「歴史認識」という言葉のいかがわしさを考えておこう。「歴史認識」はふつうは「過去の出来事に関するとらえ方」と同義であるが、これは「確固たる過去の事実・真実」がどこかに在って、それをどう解釈するかは立場によって変わる、というような意味合いを含んでいると思われる。ところで、一連の歴史教科書問題などをみても明白なように、「歴史があって、それを解釈する」という順番はじつは錯覚にすぎなくて、むしろ「特定の立場から解釈された物語が歴史として定着する」というほうが正しいだろう。だから「歴史認識の違い」というのは、事実認定の手続きの違いなどではなく、ある事柄を歴史として定着させようとするイデオロギーの違いだと考えた方がいい。侵略の歴史を隠蔽して風化させたい側と、それをいつまでも問題化したい側とでは、当然ながら「歴史認識」は違ってくる。イデオロギーと利害が複雑に絡まり合った国家間関係において、そんな「歴史認識」で折り合いがつくことなど無いと思うべきだ。

話を戻すと、今回の暴動の一部の被害として、灰皿とジョッキで頭を殴られた日本人留学生がいたが、その留学生自身は中国を侵略した経験はないし、中国人を虐殺した過去があるわけでもない。ただ彼らは「日本国籍を持つ人」だったのだ。そこには、自衛隊をイラクに送り出している国の人間だという理由で日本人の若者を殺害した犯罪集団や、チマチョゴリを着用しているというだけの理由で通りすがりに服を切り裂くという右翼青年と同じシネクドキ的発想が横たわっている。

シネクドキというのは修辞の一つで、一部をもって全体を表象するというレトリックだ。「ソニー」という看板の文字から、それを日本全体と同一視し、国籍を「日本」と申告しただけで、その人物を「敵」と同定するシネクドキ的認識は、ある意味では偏狭なナショナリズムの定番モードである。そういう意味で、今回の暴動は非常に抽象的なレベルでおこなわれたという側面もあった気がする。



(4)グローバリゼーションの被害者による団結の可能性

評論家たちは今回の暴動が引き起こされた背景として、政治的なもの以外にも、経済的な理由があったはずだと指摘している。だからソニーとかジャスコが狙われるのだ、と。たしかにそういう面もあるが、肝心のデモ参加者に、そうした外国企業の「のさばり」による被害者たちが含まれていたのかは分からない。しかし、日本経済が中国の安い労働力によって支えられているのは確かだし、その裏返しの事態として、日本における熟練・非熟練労働者の悲惨な現状があるのも事実だ。

この「反日暴動」が純粋に経済的な動機に基づくものであれば、企業の都合によってあっさりと切り捨てられた日本の労働者たちもこのデモに加わることができる。中国における「反日」のデモに、日本の失業者が混じっていても不思議ではない(かもしれない)というのが、なんともヘンだし、同時に当たり前に見える。そう思うこと自体も不思議だが、それを不思議だと思ってしまう自分のことも、またヘンである。



(5)政治とは異なる手段による戦争の継続である

当然来るだろうなと思っていた日本右翼からの反チャイナ攻撃のニュースもちらほら聞こえる。クラウゼヴィッツは「戦争とは政治におけるとは異なる手段をもってする政治の継続にほかならない」と戦争を定義したが、その政治とは「外交」のことであり、それを行う主体は近代国家だ。しかしこのクラウゼヴィッツの言葉は、今日では反転させて考えた方がよほど分かり易い。「政治(外交)とは、戦争におけるとは異なる手段をもってする戦争の継続にほかならない」、と。戦争と外交はそれほどはっきり区別できるものではないし、むしろ、潜在的な戦争状態こそが国際政治そのものであって、そこに物理的暴力となにがしかの野蛮性が加味されたとき、われわれは「これが戦争だ」と感じる。そうではないか?

今回の反日デモは日中間が穏やかな戦争状態にあることを見せてくれたし、また中国の若者たちが健全に野蛮であることをも示してくれた。同時に過去の野蛮な振る舞いを認めず、そんな野蛮性など存在しないかのごとく鼻歌を歌っている日本政府の野蛮さも明らかにされた。

1998 年5月にエチオピアが隣国エリトリアと戦争を始めたとき、私はまさにその一方の当事者であるエチオピアにいたが、その国威発揚の気分のなかで、自らの野蛮性を無化し、敵の野蛮性だけを提示する露骨な野蛮を見た気がしたものだ。エチオピア各地に張り出された国威発揚ポスターには、エリトリアによる空爆で死んだ人びとの遺体写真が一面にレイアウトされていた。エチオピア空軍は、同じような空爆をエリトリアに対して行っていたのにも関わらず、である。

エチオピアの例は参考までとして、結局のところ、日本の政府がここ数年やっていることは、戦争と政治が結局は地続きのものなのだということをあからさまに示すことだったと思う。イラクの野蛮には自衛隊の野蛮をもって、東アジアの反日運動に対しては「昭和の日」制定運動と憲法の変更をもって、そして領土問題には記念日の制定をもって。

私たちがいま戦争状態を生きているのは明瞭だ。それがまだ「有事」と認定されていないのは、たまたま領土にミサイルが着弾していないからに過ぎない。看板やガラスが割れたことが、中国政府の言う「一部の無職者による不法行為」だと認定されるに留まり、日本側も歴史認識の問題云々を放置して損害賠償請求なんてお気楽なことをぬかしているかぎり、結局はみんな、己が野蛮性を隠しているだけなんじゃないだろうか。

もう一度言おうか。私たちは戦争状態を生きている。大事なことは、たぶん、野蛮を目前にしたときにそれに対処できるだけの知性をもっているかどうかだ。残念ながら、私にはまだその備えがない。