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公的人類学の仮面デザイン

(May 4/2005)



新学期がはじまって、あれよあれよという間に3週間が過ぎ、長崎で初めて迎えるGWがやってきた。もちろん、3週間が「過ぎ」たり、GWが「やってき」たりするのは、言葉の上でのことだ。「待ちに待ったGW」とか、「GWの初日を迎えた」なんていう物言いも、単なる比喩でしかない。実際に私たちがしていたのは「待つ」とか「迎える」とかそういうことではないはずなのだが、しかし、これについては考え出すときりがないから止めておこう。

いずれにせよ、今年のGW。私にとってGWの恒例行事は「研究計画の練り直し」と「助成金申請書」の作成、それに「原稿執筆」である。このうち原稿執筆については、すでに2月から3月にまとめてドドンとやってしまったので、今年ははじめのふたつに絞って取り組むつもりだ。

まあ実際には掃除や片付けといった普段きちんと出来ていないことをやるのが5,町に出て買い物をしたりテレビを見たりして何となく過ごすのが3,研究がらみのことが2,という時間配分になるだろうけど。思えば昨年のGWは青学の学生と飲みに行ったり、買い物に行ったりと遊んでばかりいた気がする。その前の年はプラハでビールをたらふく飲んでいたし。

今年のGWはカウボーイシャツの衝動買いではじまった。買うつもりなんてなかったのに、ディープな長崎弁をしゃべる若い店員のいるセレクトショップで、ついふらふらと買ってしまったのだ。1万4千円。まあ世の中には、パソコンが買える値段のふわふわスカートを衝動買いしちゃうプリティーガールもいるし、マルドゥックの報告書によるセカンドチルドレンのゴスロリフィギュアにウン万円投げ出しちゃう若者もいるわけだから、私の衝動買いなんてかわいいものだ。(こう言うのは単に「比較」というのであって、「相対化」ではない。)

そういえば(さらに四方山話がつづくけれど)、先日、男性ファッション誌「BRIO」の記事をつらつら読んでいたら、なんとも衝撃的な記述が。それは「白いTシャツをいかに着こなすか」という記事なのだが、こんな文章があったのだ。「白いTシャツは若者だけのものではない。かといって、我々は昔のように白いTシャツに洗いざらしのジーンズで通用するほどの生命力は持ち合わせていない」……だと。「生命力」って。知らない人のために書き添えておくと、この雑誌は主に40代から50代初頭の、わりとお金のある男性をターゲットとしているファッション誌であって、厳密に言えば私はその対象には入っていない。にも関わらずこれを読むのは、特集記事や映画紹介などがイカしているからである(たとえば先の白いTシャツの記事が載っていた5月号には、フランスの俳優ジャック・ペランのインタビューが掲載されていた)。

私のいま現在の36歳という年齢(来月には 37にシフトアップしてしまうのだが……)にバッチリ合う男性ファッション誌は存在しない。それは私の行きつけのセレクトショップの店員さん(Mさん、ちなみに私と同世代)も同意するところで、結局、BRIOなどを一種究極のスタンダードとして自分の着こなしを模索するべきなのだということらしいのだ。やれやれ、もう40代をスタンダードにしなきゃならないなんて。

話を「研究」の方に戻そうか。まずは教科書の話から。

文化人類学の教科書は授業で使えない、ということは、このTalkでも何度か言ってきたことだし、実際に私は教科書を使って授業をしたことはない。自分のペースで進めるには、自作のレジュメやハンドアウトを使った方が楽だからだ。

長崎に来てからも、そのやり方は変わっていない。だがこの4月からは少人数・ゼミ形式の授業がほとんどだからか、あらかじめ参考文献を決めてそれを読む、というようなスタイルが多くなった。たとえば火曜日の演習(ゼミ)では、日本語で書かれた人類学の参考書を2冊選び、それらのコピーを使って講義をしている。金曜日にやっている博士課程の授業(受講生1名のマンツーマン)も同様だ。こちらはより専門性の高い、新しい文献を選んで読んでいる。後期にやる修士課程の授業では、英語の民族誌だけを読もうと考えている(無謀だ! と周りからは言われそうだが。)

この春、日本語の人類学入門書が2冊出版された。一つは『メイキング文化人類学』(太田好信・浜本満〈編〉、世界思想社)、もう一つは『文化人類学のレッスン』(奥野克巳、花渕馨也〈編〉、学陽書房)だ。前者は人類学に興味を持っている人にさらなる知識を与える読み物風入門書、対して後者は明らかに授業で使うことを想定したものである。執筆陣について書き添えておくと、『メイキング』のほうは、私より一世代上の人たちが中心で、私たちをしごき、しばき、時に辛辣なコメントで凍りつかせてきた人びとが書いている。『レッスン』は、そうした「しごき・いびり」に耐えて生き残ってきた我々同世代が中心だ。(たとえ BRIO世代に足を突っ込んでいても、学問の世界ではまだまだ「若手」で通用するのだよ。)

いまのところ、前者を一日で読破し、後者については(著者よりいただいたにもかかわらず)まだちゃんとは読んでいない。だがぱらぱら目を通したところ、『レッスン』のほうは大学での講義に手を染めはじめた人たちが中心になって書いているせいか、かなり授業を意識した作りになっているように感じた。

さて『メイキング』の方に話題を移そうか。

数名の文化人類学者をピックアップし、それぞれに一章を割り当ててその学問が立ちあがる過程を描く。その記述を通してこの学問の魅力を伝える。それがこの本の表向きのコンセプトだ。私ははじめの方のダーウィンとか進化主義のあたりを面白く読んだが、それ以降の章も読み応えがあると思う。取り上げられているのがアメリカの「文化」人類学寄りで、イギリス流「社会」人類学の影が薄いのは、書籍のタイトルからして仕方ないだろう。じつのところ、私はアメリカの「文化人類学」にはあまり明るくない。それどころか本当のところは学説史などまるで知らないに等しい不勉強の輩なのだが(そんな人間がもう8年も大学で教えているのだから恐ろしい)、それにしてもこの本の中盤に搭乗してくるミード、ベネディクト、ボアズの辺りにはまったく明るくないのだ。

もちろんマーガレット・ミードが『サモアの思春期』を皮切りにジェンダースタディーを切り開いたことも知っているし、ルース・ベネディクトが『菊と刀』『文化の型』といった名作を生み出したことも知っている。この二人の師匠がフランツ・ボアズであって、そうしたコロンビア大学の系統がアメリカの文化人類学を牽引してきたことだって百も承知だ。だが・・・

正直に言って、私はこれらの著作をしっかりとは読んでこなかった。ミードもベネディクトもかじった程度、『サモアの思春期』も『男と女』も『菊と刀』もぼんやりと読んだくらいで(ベネディクトについては学部生時代に英語の論文を読んだけど、彼女の英語が難しくて難儀した記憶しかない)、それらについての突っ込んだ議論が全く出来ない。フランツ・ボアズにいたっては一つとしてその著作を読んだこともない。彼らの人類学が、やがて心理学的な傾向を帯びて、のちの「文化とパーソナリティ」論に発展するのだが、私はこの「文化とパーソナリティ」とか、「心理人類学」とか、あるいはその後の「教育人類学」とかにはあまり良い印象を持っていなくて、それがアメリカ古典人類学に対する己が冷たい態度を導いた気がしてならないのだ。それはひとえに、「文化とパーソナリティ」論が文化人類学の全てであるかのごとく書かれている日本語の某「文化人類学」入門書のせいなのだが、それにしても、これまでは食わず嫌いの感があったのは否めない。

ところが、3月末から読んでいる別の本『マーガレット・ミードとルース・ベネディクト』(明石書店)を読んでみて、アメリカの古典人類学もなかなか面白そうじゃないかと思えてきたのである。

大学生の頃はそれなりに心理学にも興味を持っていたのに、今では精神分析や臨床精神医学に対してあまり良い感情を持っていない私からすると、「個人と社会」の問題を「規範と適応」という個人の心理的レベルで捉えようとするアメリカ流古典人類学のアプローチは相当にいかがわしい。にも関わらず、私はその心理分析すれすれの研究をやったことがあるのだ(2001年に発表した「教育をめぐる政治と文化」という論文)。その論文で枠組みの一部を頂戴した異文化間教育学という分野は、アメリカの教育(に関する)社会学(的研究)に脈を持つし、さらにさかのぼればベネディクトたちの「文化とパーソナリティ」論までたどれる。私は広い意味での「文化」の研究をしているわけだが、どういうわけかアメリカの人類学が「文化」をどんんなふうに捉えてきたのか、きちんと考えたことがなかったし、考えたこともないのに知っているつもりだったのだ。冷や汗ものだ。

人類学は相対化の学問だ。その人類学が対象と、方法と、己が学説史と、そうしたものをとことん相対化してきたあげくに、その存在理由すらも疑われ、ボコボコにされてきたのは皮肉だとも言える。にも関わらず、人類学者は、そうした人類学をしぶとくやり続けることを今になって強く、そして穏やかに主張するようになっている。私の師匠の一人である大塚和夫がその著書『いまを生きる人類学』で語るのは、そういうことだ。そして同じようなことを『メイキング』において太田好信が、異なった観点から論じているのも面白い。

文化人類学をやる、あるいは続けるということは、単に学問のディシプリンにしがみつくことを意味するのではない。私はむしろ人類学というのは「生き方」だと思っている。守備範囲が広く、何でも飲み込み、それを自分の生き方に環流させる素人学問としての文化人類学。私はもちろん、その筋では専門家を名乗っているわけだが、特許を取得してお金を産み出したり、あるいは社会基盤を整備して当面の問題に対処するような、そういう意味での職業意識とは縁遠いところにいる。そういう意味では文化人類学に公的な目的を付与して延命を図るような「成り果てた」有り様はみたくないし、それだったら以前のようなパンキョー人類学の伝道師をやっていた方が、はるかにやり甲斐があると思ってもいる。

さて、GWだ。いまこれを書いているのは5月4日の未明だが、残りの休日を私は、読書と授業の準備と、そして「お金」すなわち研究助成金の申請書のために捧げなければならない。研究したいテーマはたくさんあるし、そのどれもが意義のあるものだ。だが、どんなに意義があっても、それで研究費がとれるかどうかはまた別問題であって、そこには助成金獲得のテクニックが存在する。そして私はそのテクニックにおいて、とことん下手くそなのだ。毎年この時期には申請書についてあれこれ考えてきた。つまり自分の研究がいかに社会の役に立つかという「公的」の仮面をかぶせることに思考を傾注してきた。正直に言ってそれはうんざりする作業だ。マーガレット・ミードやルース・ベネディクトが生きていた時代と今とでは、求められる「公的」が全く異なる。その変化が、東京都立大学を「クビ大」にしてしまったといえばいいだろうか。人類学者としてはかくも生きにくい時代に、「生き方」としての人類学を実践するための「公的な目的」をでっち上げなければならないなんて、うんざり、以外のなにものでもない。