西へ東へ、鳥の目になって
(May 23/2005)
いまこれを書いているのは北海道、新千歳空港のビアホールである。偶然見つけた店だが、ここにいると空港にいるという気がしない。私の目の前には無垢材でできた、丁寧にオイルを塗り込めたテーブルがあり、そこには500mlグラスに注がれたエールビアがある。ビールの提供がメインとなる店だけに、喫煙スペースもたっぷり取ってある。正面のテーブルには外国人のおじさんがマルボロ・ライトを一服しながらピルスナーをちびりちびりやっており、右隣にはマイルドセブンをくわえてパソコンのキーボードを叩くヒゲの男がいる。エールを飲みながら、パワーブックを開き、マルボロ・メンソールをふかすピンクのカウボーイ・シャツの男がいても違和感はないだろう。フライトまであと2時間近くあるので、時間つぶしにはもってこいの店だ。(それなのに、店の名前を知らないままだ)。
長崎から札幌への旅は、大変だとも言えるし、そうでもない、とも言える。自宅を出てからホテルにはいるまで8時間かかった。要は、この8時間をどう捉えるかによる。逗子にいた頃だって、乗り換えやらなにやらを勘案したら、自宅から京阪神まで5時間はかかっていたのだ。長崎−新千歳間のフライトそのものは2時間しかかからない。自宅から福岡空港までが3時間、フライトが2時間、札幌までが1時間弱、それに待ち時間を足すと8時間になったということである。(面白いことに長崎−羽田間のフライトが2時間弱なのに、福岡−新千歳間も同じくらいしかかからない。フライト料金だってほとんど同じだ)。
飛行機はMD-81(マクダネル・ダグラス社)だった。メジャー空港を結ぶのだからもっと大きな飛行機を予想していたけれど、ふたを開けてみればMD- 81。客席は5列しかなく、ビジネスクラスもない。乗車率も4割程度で、乗り心地は悪くなかった。この飛行機はボーイング7xx系列とちがってエンジンが後部に付いているのでフライト中も静かなのがよい。天気も良くて下北半島が、地図でみるのとまったく同じ形で確認できた。(当たり前なんだけれど、こういうのはいちいち楽しい。一度飛行機をチャーターして長崎上空を飛んだら、どんなに楽しいだろう)。
北海道に来るのは3度目である。初めて来たのは1990年の、成城大学生物部の印象深いツアーだった。私は30キロあまりの撮影機材とともに夜行列車で北海道入りし、札幌に住む従兄弟から自動車を借りて北海道中を走り回った。生物部の仲間(15人くらいいただろうか?)と共に、主に北海道東部をまわって鳥や花を見て回った。ちなみに2度目の北海道は2年くらいに小樽で2泊した、当時勤めていた会社の「研修旅行」だった。(Talk15参照)
上空から地上を眺める、という先ほどの話に関わるのだが、今回は初めて北海道を鳥のように眺めることができた。一回目が鉄道で、二回目が、空路とはいえ仕事を終えてからの夜のフライトであったことを思えば、北海道の大地を上空から眺めるのが初めてだということは、飛行機に乗る前から気づきそうなものである。そのこと自体にこれといった重要な意味などないが、それにしても、だ。九州から北海道まで鳥になって飛んでみると、この2つの島がまったく異なる気候帯に属しているという事実が突きつけられて、これには本当にまいった。もちろん九州が亜熱帯に近い温暖湿潤帯に属し、北海道が亜寒帯に属しているということなど、とっくの昔に知っている。長崎に来てみて、関東と長崎とでは気候が違うばかりか、植生や土の色までちがうということにもすぐに気が付いている。かつての北海道旅行のときには、私はまったく違う鳥層を期待していったはずだ。場所が変われば自然風土も違うなんてことは当たり前だったはずなのに、上空から北海道を見てみて、そのことを「鳥の目」になって発見する、というその体験自体にまいってしまったのだ。いや、ホントにまいった。なんていうのかな、自分の鈍さに。
津軽海峡を越えて、目に飛び込んできた北海道は、茶色だった。ところどころ山頂部には雪が残っている。だが山頂部は茶色、あるいは黄土色である。北海道って、こんな不毛の大地だったっけ? などととぼけたことを思いながら、ところどころまっすぐな道路がナスカの地上絵みたいな模様を描く茶色い大地をずっと眺めていた。
「茶色い」。そのことの意味を悟ったのは、空港に近づいて、MD-81が高度を下げたときだった。茶色い平地は、枯草である。茶色い山は、まだ芽吹かない森である。北海道にはまだ春が来ていない。そんな当たり前のことに、やっと気付くなんて、つくづく鈍い。さらに高度を下げてみると、ライラックなのか、コブシなのか、白い花とピンクの花がところどころで色づいている。シラカンバの枝先に、ほんのりと芽吹いているのが確認できる。そう、北海道では、まさにこれから春がはじまろうとしていたのだ。
そんなことを思いながら新千歳空港に着陸し、都合3泊4日の出張を終え、さてこれから本州を飛び越えて九州に舞い戻ろうというところである。西と東、あるいは北と南で、こうも違う景観。同じ日本国という国家にありながらこれだけの多様性があるということに驚く、そんな自分に驚いてしまう。だってそうじゃないか。新千歳からだったら、たぶんウラジオストクのほうが近いだろう。でもウラジオストクに渡るにはパスポートにハンコを押してもらわなきゃならない。生態系や景観の近さと、ナショナリティの近さは、まったく性質の異なる部類だ。そんなことに、わざわざ飛行機に乗ることで気付くなんて、いやあ、つくづく私は鈍感だ。
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