セメスター制=半期制の功罪
(July 15/2005)
セメスター制という言葉を初めて聞いたのは、1999年の秋、玉川大学でのことだった。まずは玉川でのことから書こうか。経験的にいって、玉川大学はいくつかの点でほかの大学と異なっていた。
私はここで、2000年の4月から非常勤講師として教えはじめたが、その「採用」にあたっては面接を受ける必要があった。私はこれまでいろいろなところで教えてきたが、非常勤採用にあたって面接を受けたのはこれが最初で最後だ。面接そのものは厳しいものではなく、ただ教務の先生お二人とお会いして「人物として問題ない」との確認をしていただき、そのあとで学部長にお目通りを願うだけだったが。
そこで聞かされた言葉が「玉川大学はセメスター制をとっている」というものだった。あちらの方は、その言葉をさらりと、大学人なら知ってて当然、といった風情で述べられたのだが、当時の私は「大学人」ではなく、研究者としても半端者(卵以上成虫未満、すなわち幼虫)だったわけで、「セメスター」という言葉の響きからセメントとセブンスターを連想する有様である。とにかくその場の説明で分かったことは、一年を半分ずつに区切ってやることを「セメスター制」と呼ぶ、ということだった。
玉川大学はいわゆる前期を「春学期」、後期を「秋学期」と呼ぶ。そして1年生の春学期が「第1セメスター」、秋学期が「第2セメスター」といった形で進み、4年間で都合8セメスターを終えて単位を満了すれば卒業、という仕組みをとっていた。(この辺は曖昧な記憶に頼って書いているので、もしこれをお読みのかたで、玉川大学を受験しようとしているような若者がいたら、お願いだから玉川のサイトからちゃんとした情報を手に入れて欲しい。)
さて、この「セメスター制」のもとでは、私の担当する文化人類学は半期=全15回(テスト含む)で完結する。春学期で単位を得た学生は、秋学期に私の講義をとることはできないので、私にとっては同じネタを春と秋に使い回しできるという点で有利ではあった。15回というのは、教科書的内容の上っ面を撫でるのにはちょうど良い回数なのだ。だから私は、青山学院大学でやっていた通年授業の前半だけ、いわば概論にあたる部分を取り出して、ほぼ同じ内容を玉川で講じた。もちろん授業というものはライブなので、その大学のカリキュラムを勘案したり、例によって私の思考をパスして口からダイレクトに飛び出したような話題を取り込んで脱線させたり、あるいはレスポンス・ペーパーに対するカウンター・レスポンスを加味したりして、まったく同じ内容になるということはなかったが。(それに、玉川は50分×2=100分が1コマという、これまた特殊な時間割を持っていた。90分用と100分用とでは、配布物にもかすかな違いが生まれた。)
さて、本題はここからだ。
通常、日本の大学では、通年科目を受講すると4単位、半期科目を受講すると2単位が与えられる。玉川では文化人類学は初級も中級もなく半期一コマだったから、彼らは私がほかの大学でやっている授業の半分だけ(量においても、濃さにおいても)を受講する権利しか与えられていない。これをどう考えたらいいのだろうか。
このことを考えるきっかけとなったのは、数年前から青山学院ではじまった「青学スタンダード」なる摩訶不思議な新カリキュラムだった。この新カリキュラムのコアとなる思想について、私はいまでもまったく知らない。なにせこいつは突然やって来た。私にとっては「通年科目を週に5コマ」という仕事が、「半期科目が週に3コマ」に減らされた(つまりそれまでの4単位×5コマ=20単位を与える権利が、2単位×3コマ×(前期・後期)=12単位を与える権利に縮小された)という形で現れた。これは私にとってはかなりの痛手であって、一週間の仕事が5コマから3コマになるということは、月の収入が5万円減ることを意味している。そのときはつくづく思ったものだ。大学の、すくなくとも経営者側にとっては、非常勤講師なんて「着せ替え人形のお洋服」でしかないんだ、と。いつでもパッと脱ぎ捨てられる衣装みたいなもんだ。
一コマで少なくとも150名近い学生があつまる文化人類学のコマ数を減らすということが、結果的に担当教員の負担を増やすことにしかならないということには、よしんば大学側が思い至っていたとしても、考慮はされなかったわけだ。案の定、新設計の相模原キャンパスは、一コマの授業に可能な限り学生を詰め込むべく、数百名収容可能な教室をたくさん完備していた。そこでの授業は舞台公演みたいなものだった。ただ、舞台だったらフレンドリーなお客さんだけに囲まれていられるものを、大学の授業ではそうではない。偏差値の上では全国的に見てもかなり高い位置にランクされている青学だが、大規模な一般教養の授業では、マナーも学生の質も確実に低下した。私の見る限り、厚木キャンパスから相模原に移ったことで、青学は確実にレベルを落としている。
ま、そんな愚痴はいまの主題ではないのだ。問題は「セメスター制」。青学はこの新カリキュラムをセメスター制とは呼んでいないようだが、実際にはそれぞれの授業を半期で完結させ、それに2単位を与える仕組みである以上、これが昨今流行のセメスター制であるといっていい。
ところで「セメスター制」は半期ごとに区切りを迎えることから、半期制とも呼ばれる。(厳密には異なるようだが、日本では両者の区別は曖昧で、ほとんど同じ意味で使われている。) たとえば留学などで9月から日本を留守にする学生などは、かつては、帰国した後に半分だけ受講した科目の「残り半年分」を継続して受講する必要があった。セメスター制ならば、7月末に試験を受ければその授業は終了だから、後腐れなく留学できるし、帰国後もすっきりと大学生活を再開できる。これは便利だ、是非うちでもやろう、ってことで採用する大学が後を絶たないのだろうか?
あるいは。
半期2コマの授業をたくさん用意すれば、学生たちも授業の選択肢が増えて、いろいろな科目を履修できる。「いろんな科目を履修できる」、が、すなわち、「幅広く勉強できる」、と誤解されたときに(もしくは、誤解を招くように意図的に仕向けられたときに)、セメスター制=半期制は効力を発揮する。幅広く学べるのか、専門の枠にとらわれずに勉強できるのか、こりゃあいい。と受験生が食いついてくれたこっちのもんである。これは便利だ、是非うちでもやろう、ってことで採用する大学が後を絶たないのか?
というワケだかどうだか、それぞれの大学の事情など私は知る由もないが、セメスター制=半期制の採用が蔓延する背後には、こんな事情もあるんじゃないだろうか。こんな潮流に「文科省の指導」という大風が吹いたら、みーんなセメスターの浜辺に打ち寄せられてしまう。
大学のカリキュラムは「専門化=タコツボ化」批判と、「専門性が低い=教育内容が浅い」批判の両極のあいだで揺れ動いてきた。教員が、あるいは学部が、あるいは大学全体が、高度に専門的なことばかりやっていては「視野の狭い人間が育つ」と批判を受ける。逆に専門性のレベルを下げれば、「日本の大学教育はグローバルなレベルでは太刀打ちできない」と叩かれる。その両者の折衷として生み出されたのが「専門を幅広く学べる」というフェロモンだ。そのためにはいろいろな科目を用意し、それらをまんべんなく学べるカリキュラムと時間割を用意してあげなければならない。
そうして、今では多くの大学がこの「セメスター制」あるいは「半期制」を導入している。
結論を言えば、私はこの「セメスター制」の蔓延に大反対である。理由はたくさんあるが、要約すると以下の2点に絞り込まれるだろう。
その(1) 教師として、半期制では「やってて、つまんない」。
その(2) 大学がチープになる。
細かい論点を挙げればきりがないが、それらのほとんどは上に挙げた2つの、どちらかの各論だ。
いろいろな科目を受講できることは喜ばしい。知識を増やして、視野を広げることも必要だ。しかし、14回の授業で学べることなどたかがしれているし、それが「講義」でなく「輪読」や「作業」をともなうものであればなおさら、時間の足りなさばかりが実感される。私のペースが遅すぎるのかもしれないが、授業を重ねていって、さあこれから深く潜り込むぞというときには、授業はもう10回目を数えていたりする。15回じゃ浅瀬をぱちゃぱちゃやるのが関の山だ。教師としては、やってて、つまんない。
「大学がチープになる」という私の意見には、こんな背景がある。まずセメスター制=半期制を導入するにあたって、大学によってはこんな言い訳をするところがあるということから。「従来の通年4コマ授業では、受講してからその授業に自分が合っていないと思い始めても、一年間受講を続けなければならない。あるいは途中で出席を放棄するようになって、4単位を取り損なうことになりかねない。半期2単位ならそれを回避できる」。ようするに教師(授業)と学生の間の不幸なミスマッチを、できるだけ回避するための方策だというのである。
「受講を始めてから自分に不向きだと分かっても、1年をまるまる無駄にしないで良くなる。これは学生のためになる」。さて、そうだろうか? どこの大学でも、受講をするかどうかを決めるための猶予期間が1〜2週間もうけられていて、その講義が受講するに値するモノかどうか吟味する機会は与えられている。それ以前に、講義要項を見ればある程度はわかりそうなものである。もちろん講義要項にいい加減なことしか書かない(つまり、講義の実態を反映していない)教師がいることも事実である。しかしながら、大学で教え初めて心底驚いたことには、講義要項の中味も見ずに受講登録をする学生がかなりの比率を占めることであった。つまりこういうことだ。受講を始めてからその講義が不向きであると気付くような学生には、1年を棒にふらせておけばよい。こういう考え方だってありだろう。2単位ずつの細切れ授業をたくさんつくることで学生に便利をはかろうなんて、本末転倒なのだ。
青山学院大学で、自分の担当科目が2単位の半期科目になったとき、私がまっさきに思ったことはこうだった。「これで得点調整せずに、点数の悪いやつはどんどん落とせる」。学生が簡単に受講を放棄できるチャンスを与えられていると言うことは、教師にとっては、合否判定がますますシビアになってくるということでもある。通年科目の時には、前期試験・レポートの点数が悪ければ本人にその事実を告げ、後期の奮起を促すということができた。前期試験が30点でも、やる気のある学生だったら一念発起、追加レポートやレスポンス・ペーパーを頑張って書いたり、出席率を稼いだり、後期試験で頑張ったり、そういう挽回のチャンスが与えられていた。
ところが半期科目ではそれができない。いきおい前期も後期も、期末試験一発で成績が決まることになる。試験の 点数が30点では、どれだけレスポンス・ペーパーで点を稼いでも、合格点にはほど遠い。合計が55点だったらゲタを履かせたっていい。それができなかったら落とすしかないだろう。不合格だ。
この、きわめて合理的な理由によって、半期制に移行したばかりの青学では不合格者が続出した。いま記録を確認したら574人中102人が不合格になっている(2003年度前期の青学1〜2年生の2クラスの合計。同じ学期でも、3〜4年生のクラスは不合格が少なかったから、やはり低学年と高学年にははっきりとした学力差があると考えられる)。テストも受けて、レポートも書かされて、これじゃあ気の毒だとは思うが、私の感慨は「気の毒だ」で終わりであって、それ以上のものはなにもない。テストもレポートもなってなかったから不合格だったのだ。学生にとっては「適当に落とせる」システムでもあるんでしょ、半期制って。だったらこちらだってシビアに点数付けますよ、そりゃ。
それにしても、いま思えばこの年のその後の出来事は悪夢だったな。例のゴミみたいな掲示板で叩かれたのは、このときの大量不合格がきっかけだったし。まったく甘ったれが多くて、あのときはホントに仕事が嫌になったよ。
話が逸れたが、まあこんなことがありましたよ、ということで、こういういろいろな背景もあって、私はセメスター制=半期制には良い感情を持っていない。そんな感情は脇にのけても、やはり半期15 コマはやりたいことがほとんどできずに終わる、未消化プログラムを大量に作り出していると思う。
従来、あらゆる科目が通年4科目であったように、ひとつの科目について一通りのことを学んだといえるようにするためには、やはり30コマ=4単位が必要だろう。聞くところによると国際基督教大学では本来のセメスター制、つまり半期で30コマを消化するというカリキュラムを採っているという。これはひとつの科目で週に2回授業をやるということである。担当する教員にとってはそれなりに負担であるらしいが、短期間で集中的にできるという点を、私は買いたい。同じ内容を4月から2月(その間には2ヶ月の夏休みと2週間におよぶ冬休みがある)にかけて引き延ばすよりは、ずっと実=身のある学習ができると思うのだが、どうだろうか。
昨年の後期から長崎で教えはじめた私は、いま、ここでの「第2セメスター」を終えようとしている。4月からはじめて分かったことは、半期15コマでは身のある学習には不十分だという、ある種の不全感である。残すところ一週間となった2005年度前期を思いながら、大学がチープにならず、教師としても「やってて、面白い」カリキュラムとはどういうものか、考えざるを得ないのだ。
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