不動産購入未遂
(Nov.24/2005)
物心ついてから二十歳になるまで住んでいた相模原の家は広い敷地を持っていた。面積は150坪もあった。もとは野沢屋(現在の横浜松坂屋)の社宅だったところで、野沢屋の社員だった祖父がそこを買い取ったのだ。(いきなり話はそれるけれど、増田家の墓石は野沢屋意匠部のデザインになるもので、そのデザインのモダンさに、うちの周りの墓石がみんな真似したという逸話がある。)
その、私がかつて住んでいた家の跡地には、いまは立派なマンションが建っていて、土地の履歴などあっけなく消されてしまっている。15年ほど前にその祖父が亡くなったとき、日本はバブルに湧いていた。相続税は大変な額になってしまい、我が家はこの土地を売り払って、横浜のマンションに引っ越した。私は大学に通うために2年ほど一人暮らしをし、そのあとこのマンションに移った。ここには27歳になるまで住んだ。
そのあと、現在の長崎の宿舎にたどり着くまでさらに3回引っ越しをしている。仕事柄、自宅には書籍が多かったから引っ越しが大変で(これは書棚の多い人なら経験あるだろう)、もう当分引っ越しはしたくないと思っている。
そんな私が、ひょんなことから不動産物件を購入しようか、という流れになったことがあった。「流れ」というのは、私の自発的な意志からではなく、周囲がなんとなくそういう雰囲気になってきたということだ。
そんな潮に流されるかたちで2003年から翌年にかけて、逗子市を中心に横浜までをカバーする領域で、かなりの物件を見て回った。条件は駅に近く、一戸建てであること。予算もある程度決めていたが、その額はここでは書きにくい。同居人は逗子のあらかたの不動産屋をまわり、物件のデータ表を山のように集めてきた。
不動産屋どうしは情報ネットでつながっているので、同じ条件を伝えればだいたい同じ物件を紹介してくる。そういう作業をつづけていると、地域に独自のネットワークを持ち、他の店とは明らかにちがう何かを持っている不動産屋がわかってくる。我々はおもに2つの不動産屋と連絡を取り合った。ひとつは逗子では一番強いと評判のところ、もうひとつは大変に面倒見のよい雰囲気のあるところである。最終的には後者で取り引きしようかということになった。
さて、実際にいろいろな物件を見てみると、逗子駅近辺で十分な広さをもった一軒家あるいは更地というのはほとんどないことがわかった。逗子の不動産事情はほかとは少し異なる。駅から近いほど坪単価が上がるのは他所とおなじだが、駅から遠ざかり、海に近づくとまた坪単価が上がるのである。その上、おそらく「逗子」というブランドがなせる業だろう、田舎なのに地価は安くない。
そこで標的を集合住宅に切り替えて、さらにいろいろ見てみた。一般的なアパートメントは玄関を入ると左右に部屋があり、廊下の脇にトイレとバスがあり、奥に進むとキッチン、和室、リビングがあるという間取りになっている。現在、多くのマンションがこの手の間取りである。私はこの間取りが嫌いだ。ベランダに面したところだけが陽に当たり、玄関側が暗く沈む。各部屋は細かく区切られすぎて、中途半端である。私としては和室はいらないし、全体的に縦長の切り方をしている点も気に入らない。
そうした中で、ひとつだけ間取りに特色があって目を惹くマンションがあった。逗子駅からは10分ほどバスに揺られる必要があり、通勤には不便だが、全体的に高級感ただよう建物である。(こう書けば、逗子・葉山近辺に住んでいる人ならどのマンションかわかってしまうだろう)。ここはかつての億ションである。それがいまや庶民でも手に入る値段になっている。「この物件がこんな値段になるなんて、私も驚きました」と不動産屋のMさん。
結局のところは、その物件を買うことなく、相変わらず私は長崎に移るまで、築60年になろうかという木造の日本家屋に住み続けた。
マンション購入に踏み切れなかった理由のひとつは、もちろんカネだ。仕事を取れるだけ取って稼ぎ、世間並みの収入があっても、不動産を買うにはいろいろと金がかかる。何しろ物件代のほかに、手数料だ税金だと加算していくうちに大変な金額にふくれあがってしまう。ほかにも手続き上のあれやこれやでいろいろトラブルがあったことも災いして、不動産購入熱は一気に冷めてしまった。
土地を金で買って、その空間の資源を自由に利用する権利を得るということに対して、憧れもあるし、同時に「そんなことしていいのか」という疑問もある。そんな私がいま住んでいるのは、持っているモノの量に比してかなり狭い公団アパートのような公務員宿舎である。(私はこれを狭いと感じるが、じつは3DKもしくは3LDKの広さがある。これを「狭い」と感じてしまうのは、逗子で住んでいた家があまりに広かったからだろう。人は大きな器を与えられれば、それに合わせてモノを増やすのだ)。
周囲は長崎大学の教職員や、他の公的機関に勤める公務員とその家族たち。家賃の額はここには書けないが、逗子で払っていた家賃(9万5千円/月)と比べたら信じられないくらい安いと言える。端的に言って、逗子で借りていた駐車場とほとんど同じ額を、いまの私は家賃+駐車スペースの費用として天引きされている。国立大学の助教授の給与はそれほど高いものではないので、こうした福利厚生は有難いのだが、たとえば社会保険庁が立派なマンションを購入して職員に格安で貸していたことが世間の非難を浴びたことを考えると、ちょっと複雑な気持ちにはなる。公務員もとい「準公務員」はある面では結構優遇されてるな、と。
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