lalombe's website: talk

lalombe's website: talk

| HOME | lalombe's website: talk | Talk118:年度末スペシャルシーズン |

年度末スペシャルシーズン

(Jan. 31/2006)



 いまにまで読み継がれる文化人類学の古典に、エヴァンズ=プリチャードの"ヌアー三部作"がある。1940年の『ヌアー族』、1952年の『ヌアー族の親族と結婚』、1956年の『ヌアー族の宗教』の三部作だ。私が熱心に読んだのは二番目の「親族と結婚」だが、これはむしろマイナーな方で、一般には第一作の『ヌアー族』が代表作とされている。

 ヌアー族−−いまでは"ヌエル"と書くことが多いが−−はスーダン南部に住む牧畜民であり、『ヌアー族』は主として、彼らの生活環境(とりわけ自然環境)と生活様式、そして政治形態に焦点を絞って書かれたエスノグラフィーである。

 さて、今回はこのヌアー族が話題の中心、というわけではない。この書物に取り上げられているアイデアの中でしばしば取り上げられる「時間と空間」、とりわけ「時間」が主題となる。

 ヌアー族にとっての時間とはどのようなものか。そのことを考えるためには、もちろんヌアーの人たちがどのような時間感覚をもっているか、あるいはそれと密接に関わる(いや、むしろ表裏一体の)空間感覚をすくい上げなければならない。そこでエヴァンズ=プリチャードが提起するのが「時間は構造的である」という命題だ。

 これはどういうことか。時間とは何か、といえば思い浮かぶのはアインシュタインであり、宇宙論である。物理学の世界ではタイムマシンの可能性について真剣に議論しているというし、ある種のマシンを起動させれば、そのマシンが起動している限りにおいて時空を飛び越えた交信が可能となるという理論も耳にしたりする。だが、人類学的に取り上げる時間は、そうしたナチュラルなものとは別の、もっと文化的に枠付けされた時間である。構造的時間とは、そうした「観念によって成型された」時間感覚のことなのだ。

 構造化された時間には2種類ある。過去から未来へと単線的に継続する「直線的時間」と、一年のサイクルとして認知される「循環時間」だ。時間や歴史について語るとき、私たちは通常、この2つのモードを使い分けている。

 こんな「ちょいムズカシめ」のことを書いているのは、このところ、とみに時間感覚を反省しなければならないと痛感しているからだ。

 平成17年度も残すところ2ヶ月を残すのみとなった。「年度」というのはいうまでもなく、4月から3月までの一年間をいう。学校や会計などはこの「年度」によって区切られていて(英語で言えばfiscal year、つまり会計年度)、その年度のラスト2ヶ月というのは、大学教師にとってはなかなかに重要である。

 大学の時間は、いろんなふうに構造化されている。なによりもまず4月1日にはじまって3月31日に終わる、というふうに始まりと終わりが決められている。ただ、これはもう世間の「年度」に合わせているからであって、大学特有のものとは言い難い。

 やはり大事なのは一年が前期と後期(近頃はこれを春学期・秋学期と呼ぶところもある)に二分されていることだろう。前期は4月から7月までの4ヶ月に授業を行い、8月と9月の夏休みが後に続く半年間、後期だと10月から1月まで授業をやって、2月と3月に春休みがある、という構造になっている。ただ教師にとっての夏休み・春休みは、学生にとってのそれよりもだいぶ短いし、むしろ研究という(本来の)仕事はこの時期にやらなければならないので、大学教師が遊んで暮らしているわけではない、というのは言うまでもない。

 授業をやっている4ヶ月間、私はじつに忙しい。専業非常勤だった時代と比べれば授業時間数は比較にならぬほど少ないが、授業の種類そのものは増えたのでその準備やら後始末やらで時間を食う。ほかにも委員会や会議、社会活動の類もはいってくるから大変だ。とくに昨年10月からの3ヶ月間は目の回るような忙しさだった。(しかも長崎に来てまで非常勤のコマを抱えている。この非常勤の仕事がはたして「ペイする」ものかどうか、実際に計算してみたのだが、その結果はいずれお見せしよう。結論の一端を書けば、「非常勤を引き受けなければ年間に150時間あまりを研究に回せる」ということになる)。

 その狂ったような忙しさから多少なりとも解放されるのが2月から3月にかけての「年度末スペシャルシーズン」だ。

 これは長崎大に来る前からそうだったが、教育産業に携わっていると、この季節だけが腰を据えて研究と執筆に取り組める時期、ということになってしまう。このスペシャル・シーズン、去年は何をしていたんだろうと思ってジャーナルを読み返すと、どうやら3月のFD講演(学内で他の教員に向けてフィールドワークの仕方を教えた)の準備をしつつ、原稿を2つばかり書いていたらしい。2005年の私の業績は、分担執筆の書籍が2冊、学術論文(査読付き)が1編、学会発表(英語)が一件という貧弱なものだったが、このうちの2つが2月から3月にかけて書かれたものだから、やはり年度末は貴重な研究シーズンなのである。

 今年の年度末には、やることがすでに決まっている。春の学会で発表する研究をまとめる作業が、まず第一。そしてゼミで取り組んだ大村湾研究の発表会があるので、その準備と、ゼミ報告書の作成。大村湾研究についてはいろいろとネットワーク的なつながりに接続しつつあるので、いろいろな研究テーマを視野に入れた見通しを手に入れるべく、このサイトの中に「大村湾分室」を作るつもりだ。

 それとエチオピア南部を舞台にした「民族論」を英語で書くという仕事がある。英語で書くのは嫌いではないのだが、やはり時間がかかるからこの季節でないと取り組めない。

 そういった作業のほかに、もうひとつ、忘れてはならない仕事がある。それは、博士論文の出版だ。博士号を取得してから3年もたってしまって、この1300 枚(400字詰め換算)の力作(?)を出版すべく原稿の手直しをしなければならない。私にとってはすでに過去の仕事だが、このままにしておいては誰にも読んでもらえないし(私の研究室と、都立大学と、国会図書館にしか所蔵されていないのだ)、恩師からじわじわと圧力をかけられてもいる。

 しかし、それはまあ、出版することのひとつの目的に過ぎないわけで、もう一つの目的は(生臭い話ではあるけれど)自分のキャリアの確保、研究業績の充実であることは否定しない。

 大学の時間は「直線的な時間」と「循環的な時間」の組み合わせによって構造化されている。学生たちの入学から卒業までのプロセスと、絶え間ない変化は直線的な時間に沿っている。だが人間の活動は1年サイクルで閉じている。教える/休むの繰り返しに埋没していては、教師ではあっても研究者とは言えなくなってしまうのだ。自分のために、そして、巡りめぐって学生のために、この「研究の季節」を無駄に過ごさないようにしよう。



追記

 とかいいながら、とにかく「これやらなきゃ」というのがほかにもある。ひとつは「ちゃんと耳鼻科に通って花粉症の薬を切らさないこと」、もう一つは「歯医者に通って奥歯の穴(かぶせものが取れたまま1年半もたってる)を治すこと」である。

 身体を動かす、というのも緊急の課題だ。……が、こんなにたくさんの課題を並べたら、結局のところ何もしないんじゃないかと、自分自身に警戒したりするのである。やりたいことをたくさん抱えてるっていうのは良いことなのだが。