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Stamping Ground

(Apr.1/2006)


 年度末スペシャルシーズン(Talk118参照)も、残すところあと10日となった。いまのところ、公的な用務(教授会など)がわずかしかないので、やっと研究に没頭できるかな、と思えるようになった。

 じつは先々週こそが、なにひとつ用務のない"Duty Free"な一週間だったのだが、これは,まるまる6日間にわたる帰省に費やした。

 貴重なフリータイムを研究に使うか、あるいは休みに使うか、さんざん迷ったし、休みを取ると決めフライトの予約を済ませてからも、ほんとは研究をしていた方がいいんじゃないかと考えたりもした。だが、仕事にも生活にも疲れ果ててしまって、身体も頭も解放されることを望んでいるのだからと自分を納得させたのだ。

 実際、心も体もからからに干からびていた。長崎を離れたかった。

 こういう、ある意味で逃避的な帰省ではあったけれど、とっても充実した日々だった。一人暮らしをする母にも、相変わらずマイペースの祖母にも会えた。かつての学生たちにも会った(東京時代の顔見知り学生は、これでほぼ全員卒業だ)。職場の仲間にも、大学の後輩にも会った。

 一人で食事をしたのは初日だけだったが、いま思えば、初日くらいは冷静に東京を味わうためにも一人でいて正解だった。なにせ私は、疲れを癒すために帰省したのだから。

 ところで、ここまでこれを「帰省」と書いてきたが、これは本当に帰省だったのだろうか。ふつう「帰省」といえば里帰りであり、実家訪問である。あるいは生まれ育った場所に戻っていく運動。

 そう考えると、東京から横浜、横須賀一帯ですごした6日間は「帰省」とはすこし違う気もする。

 「母のもとをたずねた」という意味では、これは帰省だ。だが、離婚した母は苗字は違うし、母の住まいは私の生まれ育った場所ではない。父とはもう2年ちかく会っていないし、居場所もよく知らない。

 横浜は私の馴染みの場所(英語ではStamping Ground /Stomping Ground)だが、実際に住んでいたのは横浜の2カ所で、しかも移住したのは20代に入ってからだ。だが"stamping ground"にやって来たというのは、里帰りと呼んで構わないだろう。

 だから、今後は「帰省」ではなくて、「里帰り」という。

 そもそも私には故郷と呼べるような場所がない。産声を上げたのは横浜(磯子)の病院だが、赤ん坊のころには奈良県に住み、物心付いた時には相模原にいた。小中高とずっと相模原で過ごしたので、幼なじみにといえる人たちはみんなあの辺りにいるはずなのだが、いまではまったく連絡がない。6年生の時のクラスメートとは連絡を取り合っているが、昨年急遽開かれた同窓会の写真を見て、どれが誰だか分からない(とくに男性のほう)という状況だった。

 要するにこういうことだ。おそらく日本中の都市生活者がそうであるように、私もまた故郷喪失者なのである。「帰省」したって、ご近所に昔なじみ・幼なじみがいるわけではない。子供の頃から過ごした住居があるわけではない。あるのは、東京から神奈川にかけてのある一帯が、私のStamping Groundであるという感覚だけだ。

 長崎に帰ってきて、翌日からさっそく会議があった。定年を迎えた先生お二人が退職の挨拶をされた。お一人は東京の大学を退職したあと、長崎で5年を過ごした方で、たった一年半であったが私はずいぶんと目をかけて頂いた。もうお一方は、学部長を二期にわたってつとめた方で、昭和44年からこの大学で教鞭を執ってこられた哲学者だ。私が生まれたのが昭和43年、という事実を思い起こせば、これが本当にすごいことだ。

 大学で教員・研究者として働いていると、基本的に転勤がない。あるのは「転職」だけだ。

 この3月末で長崎大学を転職する先生もお二方いらっしゃった。どちらも広い意味での「東京の人」で、それぞれ数年をこの大学で過ごして、そして東京へと転職されるのだ。うらやましい、という気持ちは当然ある。だが、もう何年かは長崎にいようという気持ちもある。

 そう、学長から辞令を受けとった時、こんなふうに言われたのを思い出す。「着任早々なんですが、ぜひ研究業績をたくさん上げて、どんどん他の機関にアプライしてください。」

 これは別に学長が、「お前はいらんから、とっとと他の大学に行ってくれ」という手荒い歓迎の辞を述べたわけではない。ひとつの大学にずっと居続けるよりも、どんどん場所を変えて、つねに新しい空気を吸っていた方がいいというアドバイスなのだ。

 長崎に来てちょうど1年半。私にとっての長崎は、すこしずつ"Stamping Ground"になりつつある。ここで新しいこともはじめた。Work Journalにもいつも書いているように、授業と研究と日常家事その他でアップアップであるが、面倒を見なきゃならない学生も何人もいる。そうだ、もうしばらく長崎にいてみよう。