たら発想・では発想
(May 18/2006)
はじめてバンナに行ったのは1993年だった。私は24歳だった。そしてあれから13年がたった。
これまでの37年11ヶ月という生存記録のなかでの13年は、とてつもなく大きな比率を占める。
三つ子の魂百まで、という諺があるように、幼少期に身につけたものはちょっとやそっとでは変えられない。おなじく十代半ばからの数年間(日本ではこの重要な時期を、中学・高校という場所に囲い込まれて過ごすのだ)もまた、多感な時期と言われるだけあって、その吸収力たるやすごいものがある。
じっさい、学習塾で中高校生に教えてきた私は、一人の人間が、ほんの短期間にめまぐるしく脱皮を繰り返すのを見て、その度にあきれかえりもし、また、この危うい時期の人間たちと同じ時間を過ごすことの責任の重さを痛感したりもしたものだ。
20代の一時期が、そうした幼少期や思春期と比べてどれほどのものであるのかを計るのは難しい。私の場合はこの時期に異文化と出会った。そのことが、たとえば人格形成に影響を与えたかといえば、そんなことはないだろう。性格だって変わったりはしていない。
同じく、バンナに行ったことで、人生について考え直すようになった、なんてこともない。
まとめればこうなる。二十歳過ぎての異文化経験が、幼少期の児童に与えるような性格作りへの影響や、思春期の若者に対する「人生、いかに生きるべきか」みたいなことへの回答を与えてくれるようなことはなかった、と。
異文化体験が、どれほど強烈な影響を与えようとも、人格を変えたり、あるいは人生の指針を根本から変えてしまうというようなことはない。もちろん異論はあるだろうが、私自身は、バンナにいたからと言って、そういった変化を感じなかった。
だが、そうはいっても、未知の言語を一つあるいは二つも身につけて、一年以上の時間をすごし、友人や知人、ときには敵までをも作ってくぐり抜ける体験が、なんにももたらさないワケはない。ロジカルな部分、あるいは、ある物事に対する「基本スタンス」という部分で与える影響は大きい、と思う。私自身がそうだし、人類学者の多くがそうじゃないかと思うのだ。
私の場合、日常の様々な場面で「バンナだったら……」と考える癖がついて、すでに十数年である。こうした発想法を、たとえば「たら発想法」とか「では発想法」とか呼んでみようか。「インドネシア人だったら……」とか、「アメリカでは……」といった、外国暮らしを経験した人がときおり口にする表現そのままの、思考を一時的に異文化モードに切り替える仮想化技術である。
この発想法はいわば、自分の日常を相対化する技法のひとつであり、すくなくともふたつの文化に立脚していればそれぞれの文化を違った目で見ることができるという、異文化理解の基本みたいなことだ。
私の授業にはアドリブが多いのだが、その多くは「たとえばさぁ〜」みたいなのではじまることが多い。そのなかのいくつかはバンナの話なのだが、なにかにつけて「バンナでは」という「では話」で切り出すというのは、私にとっては基本中の基本になってしまっているのだ。
※ 授業中の「例えばですね〜」という話は、本来なら周到に準備された例題・事例提示であるべきであって、私の場合は「たいていは適当な事例が思いつく」という根拠のない自信によって、支えられているから、おうおうにして「例え話」を準備しないまま授業に入ったりする悪しき事例である。周到に準備された授業をする先生方に敬意を表して、ここに付け加えておこう。
いま、私のところにいる5人の4年生は、就職活動の真っ最中(あるいは終盤)にあって、なかなかに忙しそうである。彼女らから面接の経過について話を聞くこともあるし、すでにいくつかの内定についても報告を受けている。私にとっては、自分の娘たちといっていいくらいのゼミ生の、進路のことを心配するのは初体験で、いずれもが興味深いものなのだが、どうしてもさきの「バンナだったら……」という仮想化思考が頭をもたげてしまう。これは人類学者のサガなのだろうか?
〜 バンナじゃあ就職活動なんていらないよな。
〜 だって、生活=仕事だし月給もらうために畑仕事しているわけでも、ウシの面倒みてるわけでもないもんな。
〜そもそも学校に通ってるヤツが少ないし、通ってても新卒採用なんてちょっとないだろ。エチオピアじゃ。
〜 そういや、高校まで通っているバンナの子どもたちは、どうやって就職決めてるんだろ?
〜 エントリーシートなんてないだろうけど、やっぱ面接とか、あるのかなあ。
なんてことを考えながら、生活基盤としての家庭・生産活動・仕事・収入それら諸々が不可分に結びついているバンナと、すべてがバラバラに切り離された日本とを比べていたりするのだ。よりにもよって、ゼミ生の就活の様子を眺めながら、である。
こんなふうに、人類学者としての私は、学生たちの就職活動を応援しながらも、16年間におよぶ彼らの学生生活の締めくくりとして展開される「シューカツ」なるものが、いかなる社会的背景によって成立しているのかという、そちらのほうに関心が行ってしまう。
〜 そもそも、バンナでは「社会人」なんていう言葉が成り立たないよなあ。
と同時に、教え子がきちんとしたところにおさまってくれたらいいなあ、という「親心」モードに仮想化してしまうことも度々だ。
彼女たちの就活体験談を聞くのは楽しい。彼女ら自身にとって、見知らぬ会社に出かけていて面接を受けることはそれ自体が異文化体験だし、面接のために福岡、熊本、大阪、名古屋、東京と、各地を歩くこともまた新鮮な体験なのだろう。
学生生活の締めくくりとして、20代のはじめに体験されるシューカツ。それがふくらみをもった「たら発想」「では発想」につながってくれたらいいと思う。
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