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ホテル・ルワンダについてのメモ

(May 22/2006)



はじめに

 今回のTalkは「ホテル・ルワンダについてのメモ」である。映画「ホテル・ルワンダ」は今年の1月から全国の単館系映画館でポツポツと上映されており、東京・渋谷のシアターNでは連日超満員の大反響だったという。長崎でも夏には上映されると聞く。

 1994年のルワンダでの大虐殺を舞台に、外国系ホテルのマネージャーであった主人公が、そのホテルに多くの人をかくまって命を救った、という実話に基づくストーリーである。

 ここで私が掲載する文章は、すったもんだのあげく日本での公開が決まったこの映画に関して意見を求められ、まだ日本語字幕の入っていないビデオを観たうえで1時間ほどで書き上げた、まさに「メモ」である。執筆したのは昨年の10月27日だ。

 アフリカを舞台として、アフリカの人々、とりわけ内戦下の人々をとりあげた映画など、そうはない。だから「ホテル・ルワンダ」を日本で公開することには大きな意義がある。それは間違いないし、私も首肯せざるをえない。

 だが、多くの点において、この映画は議論すべき内容を含んでいる。この映画に対する私の感想は読んでもらえば、すこしはおわかりいただけると思う。

 半年以上前の文章を、なぜ今ごろここに載せるのか。まず第一にこの文章は公開を前提にして書かれていない。しかもその半分は、映画そのものとは直接関係のない内容だ。そして第二に、このような批判的な文章を公開することで、集客に水を差すようなことはしたくなかったということもある。たとえこのサイトの読者が身内に限られていても、それはやはり避けたいことだったのだ。すでに書いたように、一面において私はこの映画を評価しているのだから。

 しかし、「ホテル・ルワンダ」に対するあまりの高評価が出回っていること、そして、予想外の集客力があったこと。その二点において、私は不安を感じずにはいられない。「ドラマ化されたドキュメンタリーであること」が、日本においては単に「真実の感動物語」としてしか受け入れられられないのではないか、という不安だ。

 もちろんここで公開するのは、すでに高い評価が定着し、観客動員数においても予想以上の成功をみたことへの安心感もあってのことだし、日本公開にあたっての努力された関係者を非難するようなつもりもない。

 なお、このメモ書きは「ホテル・ルワンダ」を観ていることを前提に書かれている。まだ観ていない人に対しては、いわゆるネタバレとなる可能性があるし、これから観ようとする人々には、偏った見方を植えつけてしまう危険性がある。そのことを承知していただいた上で、以下の文章を読むか読まないかを決めてほしい。





ホテル・ルワンダへのメモ Oct. 27/2005

 20世紀は「戦争の世紀」であるといわれる。だが、正確には20世紀の前半と後半とでは、戦争のタイプや質はずいぶんと異なっている。

 近代的な国家が世界中にぽつぽつと成立しはじめたのが19世紀の後半であり、そうした近代国家間における全面的戦争が現れ始めるのもおよそそのころだといえよう。日本がこうした「国際」戦争に参与し始めたのもこのころからである。日清戦争(1894年)と日露戦争(1904年)が10年間であり、日本がそれぞれにおいて勝利を収めたとされるのは、すでにこの国の歴史教育の常套となっている。

 その日露戦争のちょうど10年後に始まった第一次世界戦争は、地球上における戦争のあり方を根本から変えてしまった。この奇妙な戦争は、戦いの舞台がほぼヨーロッパ全域に限定されていたにもかかわらず、その名は「世界戦争」である。それは参戦国の多くがヨーロッパ外に多くの植民地を抱えており、そうした植民地(すなわちアジア・アフリカ)もまた、ヨーロッパ限定のローカルな戦争に巻き込まれたからである。

 その意味で、第一次世界戦争は、従来の「ローカルな戦争」を「グローバルな戦争状態」にしてしまった一大事件でもあった。いわゆる太平洋戦争をふくむ第二次世界戦争もまたその延長線上にある。

 こうした「戦争の世界化」は、同時に「世界の戦争化」でもあった。

 事実として20世紀の後半は実際に戦火を交えない米ロ両国間(そしてそれは東西対立として敷衍された)の冷戦という形をとって続いたのだが、それはしかし一面的な見方にすぎず、実際にはイラン・イラク戦争、ソ連のアフガニスタン侵攻、アフリカ各地における内戦、そして湾岸戦争という形で、局地的にではあるが、まるで吹き出物のように頭をもたげては破裂していったのである。

 20 世紀の後半、国家よりも小さなレベルの闘争主体を「ゲリラ」という言葉で呼んでいた時期があった。ゲリラとはすなわち、政権転覆をねらう武装闘争主体である。だが21世紀に入ったいま、世界的な注目を浴び続けているのは、政権転覆をねらうゲリラではなく、国家をまたいだテロリストたちの方である。

 世界はもはやつねに戦争状態にある。戦火を交えようとそうでなかろうと、これを戦争と呼ばずになんと呼ぼうか。

 それぞれの国家に目を転じてみれば、国民国家の枠組みが揺らぎ、いわゆる民族紛争とよばれるタイプの戦いが頻発しているのは周知の通りである。そして、それらの戦いは現代世界の基盤を揺るがすような問題提起を発しているにもかかわらず、戦いを挑まれている側は相変わらず国家主体の戦いしか構想できないでいるのだ。



 映画「ホテル・ルワンダ」で取り上げられている戦争は、1994年のルワンダ内戦とエスノ=ジェノサイドである。

 主人公はベルギー系高級ホテルのマネージャーをしている男性であり、彼が1200人以上のルワンダ人を民族の区別なくホテルに匿ったことが、物語の中心となる。たしかに、この映画についてよくいわれるように、これはルワンダ版「シンドラーのリスト」であるともいえる。そして「シンドラーのリスト」がのちに批判されたのと同じやり方で、この映画も批判されるだろう。

 ようするにこれは、「選ばれた人たち」のハッピーエンドの物語だ。主人公は高級ホテルのマネージャーであり、いわばエリート。さまざまな勢力の武将を買収するための金はホテルにあり、またベルギー本社にいるオーナーとはホットラインで会話を交わし、フランス政府を経由して裏から手を回してもらうこともできた。ホテルに匿われたのはこのマネージャーの親類縁者を始め、白人宣教師のもとに身を寄せていた子供たち、援助団体と関係のある人々など、いずれもなんらかのツテで外国人と接点のある人たちばかりであった。

 こうした描写によっては、もちろん、「結局はコネのあるやつしか生き延びることはできない」という皮肉な現実を見せつけることも可能だが、多くのナイーブな鑑賞者は、「かわいそうな孤児たちが助かってよかった」という感想しかもてないだろう。

 実際、映画の中ではそうした皮肉な現実を「皮肉」として提示するような仕掛けは見られない。それに物語の中では、数ヶ月間で数十万人殺された、その死者たちのことが語られることはほとんどないし、また生き残ったものによる死者への「届かない声」すら聞くことはできない。

 物語は、国連治安維持部隊によって護衛されて、ホテルから逃げ出した人々が安全な場所に逃げ延びるところで終わる。この護衛活動も、白人である治安維持部隊長と、ホテル・マネージャーの個人的関係(つまり、コネ)によってアレンジされているように見える。戦争のまっただ中ではコネだろうが何だろうが、生き延びるためには何でも使う、という現実を描きたかったのかもしれないが、私にはそうは思えないのだ。

 そう思えない理由はたくさんある。

 国連のトラックで移送されるホテル住人たちは、トラックの外を反対方向に歩く無数のルワンダ人たちを目撃している。トラックの幌一枚を隔てて、安全が保証された世界と、いつ死んでもおかしくない世界が接している場面である。だがそこで、道行く人々に手をさしのべる人もいなければ、その現実をかみしめている様子すら見えない。そして直後に。その「いつ死んでもおかしくない世界」の人々は、武装戦力のはじき出す機関銃によってばたばたとなぎ倒されてしまうのだ。国連のトラックはそうした犠牲者を見捨てて、安全地帯へと急ぐ。これが戦争状態を描くということなのだといわれれば、そうかもしれないが。

 ルワンダ内戦の特徴は民間人による民間人の虐殺が横行したことと、敵と味方の区別が曖昧だったことであるといわれる。それはこの映画を見ていてもわかる。いや、映画全編をとおして、いったい誰がツチ人で誰がフツ人なのか、あるいは誰が味方で誰が敵なのか、判然としないことが多かった。最後になって国連のキャラバンを援護してくれるルワンダ人の集団は一帯何者だったのか。

 へんな話だが、この「敵味方判然としない状況」がこの映画を特徴づけているし、またシナリオ的にはかなりわかりにくいところでもある。にもかかわらず。主人公たちに救いの手をさしのべてしまう武装勢力の登場によって、少なくともこの物語世界においては、「主人公を助けてくれるのが味方である」というポジショニングの強制力が働いてしまっている。戦争を取り上げているにもかかわらず、あまりにもあっさりと物語が進行することに違和感を抱き続けていた鑑賞者は、この最後の場面において腰を抜かしてしまうだろう。

 ヒトラー支配下におけるユダヤ人問題、という重いテーマを背負った「シンドラーのリスト」と比較することは、この映画の場合やはり適当ではないだろう。

 主人公とその家族が中心的な人間模様を織りなすという点では、家族愛もまた一つのモチーフだが、それでも物語の推進力を維持するにはあまりにも力がない。内戦そのものについての情報も乏しいので、教育的な使用にも耐えない。

 舞台設定が似ているのは、ユーゴの内戦を描いた「ブコバルに手紙は届かない」であるが、「ブコバル」を見たあとのような、心に重くのしかかるものもない。

 あるのは、うまく逃げおおせた人々のそこそこハッピーな結末であり、若干のアフリカン・テイストだ。この映画を見て「感動した」という人は、相当にナイーブな人であるはずだ。(現実のホテルマネージャーは現在はベルギーに居住しているという)。

 もちろん実話に基づいた映画であるらしいので、ドキュメンタリー・ドラマとしての価値はある。細部の描写についてはあまりコメントできないが、ラジオによる煽動、植民地カルチャーと現地人の生活とのギャップといった点をきちんと取り上げている点は評価できよう。