lalombe's website: talk

lalombe's website: talk

| HOME | lalombe's website: talk | Talk14:月を数えるということ |

月を数えるということ

(Oct.30/2003)

生まれてはじめての視力検査で「近視」であることを宣告されてから、毎夜、星空を眺めることを日課にしていた時期がある。小学校1年生のころのことである。その頃の私は眼鏡などというものを知らなかったのだろう。星空を眺めることが視力回復につながるというコンセプトを持ち合わせていたかどうかさえ疑わしい。それでも夜空の観察は少年の性格にぴったりとはまったらしく、2年近く夜空を見続けたことで、私の視力は0.5から2.0へと驚異的な躍進をとげた。

星座をみるにあたって用意した早見表は、アルミとプラスティックでできてきた、軽く湾曲したお皿のようだった。私はこの早見表のシェイプによって、古典的な天文観をまなんだ。空は湾曲しているのだった。

ひるがえって1993年、私はエチオピア南部のバンナの村でテントを張って生活していた。すでに10年以上眼鏡をかけた生活を続け、裸眼では0.1もない。それでも私は夜空にオリオンを認める。北斗七星は360度の地平線という大舞台を得て、覆いかぶさらんばかりである。シリウスはここでも美しい。しかしここでは、夜空は、星座や特定の星をアイデンティファイするような見方をゆるしてはくれない。天空は星の集中豪雨となって私の全身にふりそそぐ。人間はそれを浴びるだけでいい。

月のない晩、夜空を見続けていると、星界と地上界との境目がうすれて、自分を媒介にして2つの世界が融合してしまうような、そんな奇妙な距離感覚の喪失にいたることがある。世界に包まれているという幸福感。虫の音や近所の話し声はいったいどの方角から聞こえてくるのだろうか。遠い山の中腹にみえるハチミツ採りのたいまつは、ほんとうに遠いところにあるのだろうか。漆黒のなかを一匹のホタルがゆらゆらと横切ってゆく。

バンナで私は調査ノートとも日記とも、あるいは予定表とも、あるいは小説ともつかないものを書いていた。それはもともと「日記帳」という名目で用意されたノートだったが、いろいろなことを書いているうちに、まったく自然に、日記とは呼べない代物になってしまったのだ。これだけが自分が一日を過ごしたということを確認する手段だった。もしこれがなかったら、私はほんとうに時間の感覚をうしなってどうかなってしまっていたに違いない。

そしてもうひとつ、日にちを刻む手段として私が採用したのは、月をみるということだった。毎日のように月をみていれば、今日の月が昨日の月よりどのくらい満ちていて、あと何日で満月になるのか予測がつくようになる。日記とつけるということが、その日その日をあとづけ、月日の進行を事後的に確認する作業であるのに対して、月をみることは来るべき未来を待ちこがれる祈祷の儀式であったといえよう。

まだバンナに足を踏み入れる前、アルボレという低地の半砂漠で一週間ほど過ごしたことがある。そこは日中は50度に達しようかという灼熱の血である。朝起きて、長く延びた日陰で食事をし、涼しい風を浴びながらお茶を飲み、さて今日は何をしようかと相談しているうちに、やがて日は高くなっていく。まるで潮が引くように陰は寸を縮め、私たちの居場所はなくなる。まるで昼寝をする犬のように、かろうじて残ったわずかな陰を求めて移動しなければならない。そして太陽が天頂に達したころ、今度はほんとうに犬のように昼寝をするのだ。人間のすることが、これほどまでに太陽に支配されている場所を、私は経験したことがない。

アルボレでは夜は地上5メートルくらいに作られたやぐらの上で眠る。地表から5メートル離れただけで空気がぐっと冷ややかになるし、蚊もやってこない。ここで寝袋にくるまっていると、夜空は壮大なパノラマとなってのしかかってくる。まるで夜は自分が支配すると言わんばかりに眩い月の光が、万物の輪郭を切り抜いている。月夜と闇夜のラティテュードが、日本にくらべてはるかにひろい。

この時から、私は毎月のように満月を待ちこがれるようになった。ひとつには月の光の魅力にとりつかれていたということもある。だがそれよりも、ひとつ満月をパスするということが、一ヶ月の経過を意味することに気づいてからは、毎月のように月の満ちるのを待ちこがれるようになったのだ。そして満月を確認するたびに「日記」にこう書く。「アルボレの満月から○ヶ月たった。あと×ヶ月で日本に帰れる。」 満月は願望の投影だったわけで、だからであろうか、満月はそれ自身の魅力もさることながら、ひと匙の感傷を反射して、なおのこと美しかった。

(この文章は1997年頃に、ある会社の依頼で書かれたものでしたが、とくに著作権問題などには触れないと考え、一部改訂の上、ここに掲載いたします。)