灯火をかき集めて
(Dec.30/2006)
年末恒例のテレビ番組のようだが、一年の締めくくりに、今年の「できたこと、できなかったこと、しなかったこと」を書こう。
……なーんて思っているのだが、さてさて、考えてみるとほとんど「できなかったこと」ばかりである。2006年はまったくもって「生産的な年」ではなかった。
「お仕事」、つまりduty/job/task/laborの面ではかなり忙しくしていたものの(実際、給料に見合うだけの仕事はちゃんとやったと思う)、「仕事」つまりworkの部分ではほとんど何らの進展もなかったのだ。
研究面ではいくつかのことをやろうと思っていたのだが、ほとんどなにもできなかった。
まずは「これまでのまとめ」の一環として本を出そうとしていたのだが、これがもう、まったく、なにも、まっさらなままで、原稿ファイルを開きもしなかった。秋になってすこしだけ話が前進した、というか見通しが立ってきたのだが、それだって「話」が進んだだけである。原稿の実物にはまだ、胎動すらない、
3 月末に〆切が設定されていた英語論文というのも、まだできていない。3月にはこれにかかりきりだったのだが、資料をひっくり返しているうちに収拾がつかなくなり、そうこうしているうちに4月の新学期を迎え、頓挫してしまった。〆切はその後、6月、8月、9月と延ばされたのだが、熱が冷めてしまったのか直ぐには取りかかる気がおきない。
論文は一気に書くべし、という教訓がここでも蒸し返されるわけだ。
今年の3月までは、大村湾の開発史研究に関して講演や発表会をいくつかやった。NPOや行政あるいは議会の方々と知り合う機会があり、これまで経験したことのない可能性を掴んだのだが、具体的に何をどうするかは、まだ思案中だ。実際、やりたいことはいくつもあったのだが、日々の「お仕事」にかまけているうちに時間が過ぎてしまった。
そういえば、今年の正月はエチオピアで迎えたんだったなあ、ということを今になって思い出した。
長崎大に来てからエチオピアへは2回行ったが、いずれも2週間、3週間という短期間の訪問で、集中的な調査をするという感じではなかった。むしろ、これからの研究の方向性を探るのと、現地の状況把握に終わってしまった感がある。今後の研究については、いまだに模索が続いているのだ。
今年は結局、論文を一つも書かなかった。昨年末に数日で書き上げたメモ書きみたいなもの(某先生の退官記念論文集に掲載された)を「論文」と称しているが、学会誌に投稿した論文もなく、はっきりいって「書けない学者」になりつつある。今だって、研究ノートを二つ書いているのだが、締め切りをとうに過ぎているのに完成していない。学会発表も一回しかやってない。
先のメモ論文をのぞけば、今年活字になったものは、いわゆる商業誌に寄せたエッセイ2編だけである。どちらも電話で依頼を受けて書き、原稿料をもらったもの。来月(2007年1月)には某誌でエチオピア特集が発売されるが、これも依頼原稿である。まあこちらは、題材を選んだり、執筆陣を編成したり、自分で何編も書いたりして楽しめたからいい。これだって〆切から1ヶ月遅れてしまったのだ。
こうやって書いてみると、今年の私はホントのホントに「〆切を守れない学者」だった。しかも、〆切を過ぎて提出されるのが「珠玉の一品」ではないところが情けない。あぁ。。
〆切を守れないのには理由がある。一に怠惰、二に時間不足、三に要領の悪さだ。
怠惰なのは昔からなので、どうしようもない。野心を持って仕事をしようとするくせに怠け者。始末に悪い。これは今さら言ってもしょうがないので、むしろ怠惰をカバーする仕組みを考えなきゃならんのだ。
時間不足については、これはもう目に余るものがあった。時期によるが目の回るような忙しさで、あっという間に一日が終わってしまうことも多い。べつに大きなポジションについているわけではないのに、なんでこうも忙しいのか。
まず今年はいろんな仕事を引き受けすぎた。
環境科学部ではいくつかの委員会を掛け持ちしたが、なかでも某委員会の仕事がえらく重くて、こいつのおかげで夏休みをフイにした。
大学全体の委員も三つ兼任した。いずれも月に1回、ときには3回くらいの会合があって、出席するだけでも時間がとられる。しかもこれだけやっても給料は同じだ。なんてことだ。
一番大変なのは、やはり学生の指導だろう。私のところには4年生が5人いるが、私にとって初めての卒論指導でもあり、いろいろ手探りでやらざるを得ない。指導の勘どころがつかめないので、1人あたりにかける時間がどうしても長くなる。バイトやらなにやらで忙しい学生とスケジュールの折り合いを付けるために、休日に指導することもある。
こうやって書いてみると、怠惰なのはしょうがないし、時間が足りないのも現状では改善されないから、あとは要領の問題、という気がしてくる。あるいは「睡眠時間を減らす」とか、「生活を犠牲にする」とか、秘書を雇うとか。
いやいや、問題の本質はそんな技術的なことじゃない。研究が進まないのは、お金がないからでも、忙しいからでも、要領が悪いからでもなんでもない。何がしたいのかが見えてないからだ。
暗中模索。これが薄明模索にならないと、いつまでたっても同じことのくり返しである。一年後に書く文章が、このtalkそっくりになってしまわないためにも、灯りをともさなくてはならないのだ。
仄暗くてもいい、たくさんかき集めればすこしは見通しだって出てくるだろうさ。
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