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今日の修学旅行

(Nov.3/2003)


これまで、修学旅行というものに三回行った。一回目は小学6年生のときの日光、二回目は中学3年生の時の京都・奈良、三回目は高校2年生の時で、これまた京都・奈良だった。このなかでもっとも印象深かったのは、小学6年の日光である。

とはいえ、日光そのものに印象づけられたのではない。同じクラスの男子とつねにおなじ部屋で寝泊まりすることで、お互いにプライベートをさらけ出せるようになって、○○さんは××さんが好きだ、の類の話がたくさん流通するようになったのである。事情は同じクラスの女子部屋でもおなじだったようで、日光から帰ったあとの6年6組は、遍歴ならぬ「修学旅行」という通過儀礼を経て生まれ変わったかのようであった。一体なにを「学」び「修」めた旅行だったか。

中学生の時の修学旅行はもっとも印象が薄い。それどころか、行ったことすら記憶にない。卒業アルバムをみれば、たしかに自分も京都に行ったらしいことがわかるのだけれど、写真のなかの我々は青いジャージを着て団体行動を取っていたりして、いま思うだに醜悪だ。

修学旅行のことを思い出したのは、羽田空港で高校生を多数(あるいは大量に)目撃したからだ。じつはこの文章は、北海道は小樽に向かうJR線のなかで書いているのだが(2003年10月31日午後8時半現在)、羽田の搭乗ゲートに向かう途中で、なんとも不思議な光景を見てしまったのだ。それは女子高生たち。登校するときとおなじ(であろう)通学カバンを左腕に掛けて、右にしっかりと携帯電話を握りしめた、ごくそこら辺にいる女子高生たちが、羽田の搭乗口に向かって2人歩いていたのだ。「バイトで羽田に来てる?」そう思ったが、そのわりには「これからバイトなんだ。頑張るぞ」という気迫がまったくないし、「バイトかぁ、かったりー」といったダレも感じられない。町のそこここで、あてどなくさまようかのごとくタラタラ歩いている高校生、まさにそのものを空港で見てしまったのである。私の脳では処理しきれない、空港の高校生たち。処理しきれない、その限界ではじき出された私の答えはこうである。「この子たちは、きっと伊豆諸島から毎日飛行機で通学してるんだ。なるほど、大変だあ」。

もちろんこれは完全なミス解答であり、正解は修学旅行、しかも私のひとつ前の便で北海道へ行くというのが正解であったわけだ。(彼らが乗る飛行機が搭乗に手間取ったため、私の便も遅れてしまった、というのは「あの」高校生たちのせいだろうか?)

私が学生だった頃は、まだ修学旅行といえば奈良や京都が主流であり、ごく少数の私立高校で「沖縄」「北海道」はたまた「韓国」というのが出始めた頃である。しかしあれから20年たって、北海道・沖縄はもはや主流であり、私がよく知る神奈川県の横須賀・三浦地区(けっして「進んでいる」地域ではあるまい)の例だと、県立高校のほとんど全てが6月や9月に北海道にゆき、他のいくつかが沖縄へ飛んだ。荷物は出発前に別便で送られるので、当日は通学とおなじ格好で身軽に飛行機に乗り、2泊だか3泊だかを遊んで過ごすのである。そして彼らはみんな、私たちに「白い恋人」を買ってきてくれる(これはありがたい。 ROYCE'の生チョコは彼らの小遣いにはちょっと負担だろうから)。まあ、これが今日の「修学」の姿である。

いうまでもなく修学旅行は「団体旅行」である。そしてほとんど例外なく、団体は周囲に迷惑をかける。これだけでも修学旅行は害悪である。高校2年生のころ、私は修学旅行に参加することを拒否し、担任の先生にもその件でいろいろと意見陳述をしたものだ。いまとなっては根拠もよく覚えていないが、何万円もの金をかけて硬直した団体行動を取ることの無意味さと、いまさら奈良だ京都だといっていることのバカさを訴えた気がする。当時すでに国鉄線で周遊券をアレンジして自分で旅行することを覚えていた私には、これだけの金があったら、何週間もあちこちに行けるのにという感覚があったわけだ。考えてみたまえ。制服を着た未熟者たちが、未熟者の大胆さと団体であることの安心感でもって知らない町を徘徊している姿を。ああ、恐ろしい。

おなじ頃、どこかの私立高校が沖縄で海水浴を楽しむという修学旅行をしているという記事を読んで、あまりのバカらしさに腹を立てた私は、朝日新聞に投書したことがある。要するに、みんなそろってきれいな海を見に行くなんてバカらしいということを言いたかったのである。もちろんその投書はボツになり、朝日新聞からは丁重な「却下」の手紙をいただいた。

結局、高校2年生の私は修学旅行に参加したが、気心のしれたメンバーで旅行できたという思い出だけが残った。結局私は、負けたのである。親が払う金で、学校と旅行会社がアレンジした旅行だ。修学旅行なんて名前がまったく意味を持たなくなった最初の頃だったわけである。

修学旅行という制度については諸説あるようだが、私はこう考えている。つまり、教育活動の一環として日光・京都・奈良という名所旧跡を見せることで、正しい日本国民としてのアイデンティティを植え付けるプログラムである、と。それが「楽しければいい」というオブラートにくるまれていたのだから質が悪い。なるべく遠いところに、いい季節に出かけてみる(6月の北海道など)という、まるでOLの暇つぶしみたいな企画の方が、よほど正直でいい。

でも、数百人が空路運ばれて、そこで分裂と統合をくりかえすような奇怪な旅行は、もういらない。ばらばらの個人として動けるようにしたほうが(ついでに携帯も取り上げて)、よほど面白いと思うんだけど。

(書き終わり:2003年11月2日午後11時)