英語口のリハビリ
(July 15/2007)
日本にいると外国語を話す機会がほとんどないので、どんどん忘れていく。そのまま忘れちゃマズイので、ときどきリハビリをする。
中学生の頃は英語が得意科目だったが(中学レベルの英語なんて簡単すぎるし)、高校に入りイディオムを詰め込まれるようになったことで一気に苦手科目になった。大学に入ってからもそれは同じで、大学生の時にはむしろ第2外国語だったフランス語の方が好きだった。
いまの私は、流暢さという点では、得意な外国語はアムハラ語、バンナ語、英語の順番である。フランス語は読まなくなってだいぶ経つので、もし必要になったら2週間くらいの文法のおさらいとボキャブラリーの再構築をしないといけない。ドイツ語についてはもう壊滅的だ。
アムハラ語については、長崎にエチオピア人の留学生が一人いることもあって、ときどきリハビリが出来る。だいたい1時間話せば回復する。エチオピアにいる間はアムハラ語で話すことが多いし、自分でもどんどん上手くなっていると思う。バンナ語も同様である。
その反面、英語については、もうかれこれ数年間停滞している。ボキャブラリーはむしろ失われる一方だし、会話もたどたどしくなりつつある。読むのも書くのもだいぶ遅くなった。
横浜−葉山−逗子にいた頃は、週に一回、英語の先生とマンツーマンでしゃべる機会があった。10年くらい続けたのでかなりの金額を払ったが、投資した分はしっかり回収したと思っている。外国語を学ぶ必要に迫られている人は、金を惜しんではいけない。
そもそも、長崎に来るまで私は英語を教える仕事をしていたので、つねにボキャブラリーは鍛えられていた。
それがどうだろう? 長崎に来てからはほとんど英語を使わない。共同研究者のイギリス人と、若干の留学生を除けば私と英語で話す人間はほとんどいない。そもそも大学院生すらもが「英語の文献を読む」ということに対してあからさまに嫌悪の表情を見せる現状では、私が英語能力を維持するために出来るのは「孤独な努力」しかない。
この秋から、私のところにふたりの留学生が来る。ふたりともアジア・アフリカの女性で、日本語はまったく話せない。国際語は英語だけということなので私が引き受けたのだが、肝心の私の英語力がこのところ停滞している。そこで一念発起、リハビリをはじめることにした。
やるべきことはただひとつ。ただ口に出すことである。
英語を話すために必要なのは、英語脳と英語口である。たとえば英語で原稿を書くときには、頭を英語脳に切り替えないといけない。
英語脳は、英語のロジックで考える脳のことだから、ふだんから実践することが出来る。たとえば、日常場面での「心のつぶやき」を英語で言う(もちろん心の中で、だ)、これをやっていれば英語脳は維持できる。外国語で考えていると、日常の冗長な日本語脳を客観視できるから好都合である。
ただ、英語脳モードに入っても、話すことは出来ない。口が回らないからだ。
そもそも、私は外国語を「音」で覚えるタイプの人間で、だから、文法とイディオムを覚え込むことで英語を学ぶという高校での学習には馴染めなかった。実際、私が英語を使いこなせるようになったのは、英語を話す機会が増えたエチオピア滞在以降のことである。アムハラ語もバンナ語も、いずれの言語も「耳」から学んだことを思えば、私のような人間にとっての英語のリハビリは、単語帳をめくったり問題集を解いたりすることではなく、まず「聞いてしゃべる」ことなのである。
これを私は「英語口のリハビリ」と呼ぶ。
英語口のリハビリは簡単だ。まず英字新聞なり英語の雑誌なりを手に入れる。長崎では英字新聞が入手しにくいので(関東では駅のキオスクでいつでも買えるのに……)、おもに雑誌を買う。そして、意味が分かろうと分かるまいと、とにかく読む。声に出して読む。これだけでかなりのリハビリになる。
それからNHKのラジオ講座を聴くのも良い。いまではあまり聞かないが、NNHKラジオの「ビジネス英語」という番組はすごくいい。(この番組、NHKのラジオ英語講座のなかではとびきりのハイレベルなのに、かつては「やさしいビジネス英語」という名前で放送していた。ぜんぜん易しくなかったのに。)
これのテキストとCDを買い、テキストを見ずにひたすら聞く。これだけで耳の訓練になる。ついで、テキストを声に出して読む。最後に、CDの速度に合わせて読む。出来れば暗記してしまう。
外国語能力は「慣れ」と直結している。英語口のリハビリができれば、かつての流暢さが取り戻せるのだ。先ほどは、金を惜しむな、と書いた。それに付け加えて、声に出すのを面倒がるな、とも言うべきなのである。
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