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いま思えば必要だった時間

(Aug. 9/2007)



 5年目に突入した神戸市外国語大学での集中講義、前期分を終えて、長崎に帰ってきた。

 長崎から鉄道をつかって神戸に行き、ふだんとは違う学生たちを相手に、ふだんとは違うテンションで授業をし、その後、研究会のために大阪に来る。この小さな旅が、自分自身をちょっとだけバージョンアップしてくれている感じが嬉しい。

 まず、はじめて乗るJR大阪環状線。窓から見える光景のいちいちが面白い。うら寂れた感じのビルに自販機が2台ならんでいるといったような、どうでもいい光景すら私をハイにさせるに十分だ。町のあちこちから聞こえてくるコテコテの大阪弁も、女子中学生たちが交わす校友の悪口も、みんな新鮮である。ちょっと舞い上がりすぎだろうか?

 だからといって、大阪に来たことそのこと自体が嬉しいわけではない。ただ、大阪と呼ばれる土地に、自分がいままで知り得なかった世界が広がっていたことを感じられたことが楽しいのだ。

 20 年前にも、10年前にも、あるいは21世紀に入ろうとした頃にも、自分が長崎に住むことや、神戸で仕事をすることや、あるいは大阪の町を歩いていることや、そういうことをまったく予想できなかった。たとえば10代の頃の自分は、研究者になろうとは思っていなかったし、アフリカに行こうとも思っていなかった。そもそも、何にもなろうとしていなかった。

 すでに高校2年生のときから学校に行かなくなっていた私がやっていたことは2つ。音楽にのめり込むこと、そして本を読むこと。それだけである。それ以外では、深夜テレビで映画を観ていた。

 同級生たちがやっていた「きちんと授業に出て、勉強して、大学に行く」ということは自分に向かないと自覚していたけれど、じゃあ何をするのか、ということについてはまったく結論が出ていなかった。それどころか、考える糸口すらもつかめなかった。

 子供の頃から本を読むのは好きだったが、「きちんと読もう」と決めたのは16歳の時だった。なんでもいいからとにかく読む。こう決めてからは、近所にあった倉庫のような古書店に通い詰め、文庫、新書、小説、はては古雑誌まで、手当たり次第に買い込んで読みふけった。あの時に手に入れた本の一部は、いまでも自宅や研究室の書棚に置かれている。「何にもなろうとしていなかった」自分にとって、本は、そこから抜け出す可能性を教えてくれる武器だった。

 それがあることすら知らなかったものを発見する期待。

 音楽もまた然り。当時はクラシックからジャズ、ロックにいたるいろんな音楽を聴くようになっていたが、とりわけ吹奏楽と西洋クラシック、そしてエスニックに興味の中心があった。いまの若い人たちはやらないだろうけれど、FMの番組表をにらんではねらいを付けた曲を録音し、膨大なコレクションを築いたりもした。

 その頃は吹奏楽をやっていて、とくに編曲の楽譜を書くことに力を入れていたから、そのための勉強に力を入れていた……といえば、まあ、言える。その楽譜はいまも手元にあるが、いま見ても、48段スコア(それはわざわざ銀座のヤマハまで行って入手していた)にびっしり書き込まれたオタマジャクシにはほれぼれさせられる。

 楽譜を書くための勉強。といえば楽理なのだが、これはそんなに難しくない。むしろ、楽理はとっくに頭に入っていたので、あとは実例をどれだけ知っているかが勝負の分かれ目となる。人類学の勉強に喩えれば、「教科書レベルは簡単にすませ、あとはどれだけ民族誌を読んだか」、ということになる。

 どれだけ本を読んだかが研究者としての地力を決めるのと同じで、アレンジャーとしての力量を決めるのも、どれだけの音楽を聴き、どれだけの楽譜を目にしたかである。10代後半の私がやったのは、ひたすらコンサートに通うこと(とくに春と秋には毎週末、関東一円のどこかでコンサートホールに足を運んでいた)、そして音源を聞き込みながら楽譜を読むことである。そしてFMから録音した、これまた膨大なコレクション。知人友人から借りまくったレコードやカセットテープ。

 そうして入手したコレクションのほとんどは、その後、知り合いに譲ってしまった。そのほうがずっと役に立つと思ったからだ。

 別に格式張ったことを、計画的にやって来たわけじゃない。読書だって、音楽だって、手当たり次第だ。大学に入ってから手を付けた写真も含めて、どれひとつとして極めたものはないが、しかし、それにかけた時間と金は相当なものである。

 私は研究者になるための何かを、計画的にやったことがない。いまの私があるのは、いわばさまざまな余技の組み合わせのおかげである。貴重な青春期に、ある意味で遊びに費やしてしまった時間は、しかし、いま思えば必要な時間だったのである。