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前略、水道課長殿

(Aug. 24/2007)



 村上春樹のエッセイ集『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』(1997年)のなかに、「苦情の手紙の書き方」という文章がある。それによると、苦情の手紙を書くにはコツがあり、その一は「7割褒めて、三割けなす」、その二は「細部に拘泥しないこと」だという。

 私は以前、ジャーナルのどこかに書評を書くコツとして「九割褒めて、一割苦言を呈する」というのを書いたのだが、苦情の手紙については、「五割は細部描写、四割けなし、一割だけ褒める」というのを自分の宗としている。村上氏とはぜんぜん違う哲学に基づいているわけだ。

 苦情の手紙といえば思い出すのは、18歳の頃に書いたものである。相手は講談社だった。別に出版物についての苦情を書いたわけではない。講談社の所有する野球グラウンドについての苦言だった。当時の自宅から自転車で10分くらいのところに、講談社が所有する野間グラウンドというのがあって、われわれは少年野球でよくお世話になったのだが、そこで弟と練習していたときに管理人から注意をくらったのだ。

 管理人は「硬球は使うな、禁止されている」と言って、われわれ二人の練習を妨害した。私はもちろん抗議したが、聞き入れられなかった。グラウンドには使用規定というものがあり、それは看板という形でしっかり掲示されてあったのだが、そこにも「硬球禁止」などとは書かれていなかった。

 そのことを細部にわたって述べ立て(五割)、管理人の恣意的な運営を批判し(四割)、最後に、球場にお世話になってきたことを述べた(一割)抗議文を書いた。講談社からは1ヶ月くらい経って、詫び状の添えられた『講談社実用辞典』をもらった。

 さて、今日、私の住んでいるN町の役場とひとわたり悶着があり、その件は解決されたのだが、それでももやもやしたものは消えなかったので、思い切って苦情の手紙を書くことにした。「苦情の手紙は一晩寝かせてから投かんすべし」と、なにかの本で読んだのだが、私は書いたらさっさと送ってしまいたい方なので、さきほどポストに放り込んでしまった。

 せっかくなので、ここでその文章を再掲(?)したいと思う。一部、原文を修正している。



N町 水道課長殿

前略

 水道料金の請求と銀行引き落としの手続きに関して、申し上げたいことがありますので一筆啓上いたします。



経緯

 本日、8月24日の朝方、当方より水道課に問い合わせの電話をかけました。5月上旬に銀行引き落としの手続きをしたのに、8月分の請求がまだ納入通知書によるものであることに対する問い合わせの電話です。

 私は、現在居住している合同宿舎の4号棟1階から2階に転居し、5月2日に転居届を提出いたしました。水道課では精算と切り替えを行うついでに、銀行振替の書類も作っていただきましたが、その際は、水道課職員の方々にとても親切にしていただきました。

 本日の電話で、担当の方は、5月の転居であれば引き落としは6月になるので、5月に手続きというのはおかしい、そもそも銀行で手続きをしたのなら控えを持っているはずであり、それを確認してほしいという旨の返答をなさいました。この回答により私は、担当者には手続きの経緯について調査するつもりは全くないのだと判断いたしました。

 残念ながら私の手元には控えの書類が見あたりませんでしたので、同日午後、取引銀行である十八銀行大橋支店に連絡をとり、私の水道料金の引き落とし申請書類が受理されているかどうかの調査を依頼しました。

 その後、おなじ十八銀行のN支店より電話があり、私の書類がすでに受理され、N町役場に送られているという連絡を受けました。ただ、銀行側では役場内でのその後の処理状況については不明であるとのことでした。

 再び水道料金の担当者に電話を入れ、銀行からの報告内容を伝えて、調査を依頼しました。しばらくして件の担当者より調査内容が報告されました。調査の結果、引き落としの手続きは進められたものの、転居前の1階の部屋に登録したために私のところにはずっと納入通知書が届くことになった、とのことでした。つまり振り替え手続きの過程で、処理ミスがあったということです。

 以上が経緯の説明です。



問題点

 今回のことは、水道料金の引き落とし手続きの瑕疵にすぎず、N町の行政サービスの根本に関わるような重大なミスではないと思います。ただし、以下のような問題があると考え、こうして申し上げる次第です。

 そもそもの発端は、料金の担当者が口座情報の登録に際して住所を間違えたというミスですが、人間がやる以上こういうミスは発生するものですし、この点についてはそれほど問題だとは思いません。

 むしろ問題なのは、私の問い合わせにたいして調査を開始せず、問い合わせをした私の手続き不備を疑うような発言があったこと、そして、コンピューター端末での確認によって私の口座登録がないことを確認しただけで、それ以上の調査をまったくやろうとしなかったことだと思います。その背景には、行政システムそのものと、人間への、絶大すぎる信頼があると考えられます。

 問い合わせを受けた担当者は、端末に世帯コードを入力することによって、状況を知ることができます。そこに「口座振替手続き済み」を意味することが表示されていれば手続きはなされていると判断されます。なにも表示されなければ、手続きはなされていない、すなわち口座振替の申請がなされていないか、あるいはまだ終わっていないと判断されるのでしょう。私の場合には5月に手続きを済ませていると申し上げたので、現時点で「手続き済み」になっていないのは、実は申請自体がなされていないからだと見なされます。

 申請者→銀行→N町役場、という書類の流れのなかで「銀行→N町役場」という公的セクターのシステム自体は疑いにさらされませんから、どうしても私が申請を怠ったに違いない、という判断になります。

 今回、調査の結果判明したのは、この「申請者→銀行」の部分はきちんとしていたのに、それまでまったく疑われていなかった(すくなくとも私だけが疑っていた)「N町役場」の部分で人為ミスが発生していたということです。

 考えてみてください。もし私が、今朝の電話で言われたことを「絶大に信頼」して、そのまま現金納付を続けていた場合を。あるいは、銀行に問い合わせてもプライバシー云々を盾に調査をしてもらえなかった場合を。

 水道課が事態を明らかにすべく調査を始めたのは、私の調査依頼をきっかけに十八銀行が役場に問い合わせてくれたからです。もしそうしたことがなかったら、この軽微な人為ミスは発見されないままでした。

 先ほども書きましたように、住所の入力ミスなどというのは軽微なものであり、N町の行政サービスそのものを脅かすものではありません。しかし、結果からいえば、私の指摘は正しく、電話担当者は間違っていました。住民が食い下がることで初めてミスが判明するというのは、あまりほめられた話ではありません。せめて朝の電話で、あとすこしだけの「調査する意思」を示していただけたらと思います。

 お忙しい中、このような手紙に目を通していただきありがとうございました。私はけっして役場で働く人々の人間性を疑っているわけではありません。そのことをどうかご理解いただき、今後の行政サービスへの参考としていただけたら幸いです。



敬具