宿舎に牛を!
(Nov.25/2007)
私が住んでいるのは、長崎大学の職員宿舎である。家賃はメチャクチャ安い。どれくらい易いかというと、逗子に住んでいた一軒家の6分の1だ。今の家賃では、東京では駐車場も借りられない。
では、これがえらいボロ物件かというとそうでもなくて、長大の宿舎のなかでは比較的新しい方である。そのうえ先般のアスベスト騒動で内装の一部リファービッシュも済んだので、ただでさえ「新しめ」な建物が、「さらに新しめ」になってしまった。
ただ、3DKもあるのに、荷物の多いわが家には狭すぎる。そのくせ、モノは増えていく。収納スペースがないから片づかない。片づかないのにモノが増えるから、床は狭くなる。どうしようもない悪循環だ。これはよく学生たちにいう人生訓だけど、モノを増やす人間とは一緒に住まないことである。
だけど、この家賃は安すぎる。
その「安さ」は、この物件を借りる条件が、民間と異なることにも拠る。なにせここは敷金も礼金もない。そのかわり建物の運営に関する自治組織をかっちりさせる必要がある。不動産業者を介していないし、仲介役の大学当局は、ほとんど何もしてくれないからだ。
だから一昨年には、私は棟の委員として棟費の集金や清掃の手配などなどを一人でこなしていたわけである。
さて。昨年の冬に発覚したアスベスト騒動は、こういう建物のあり方についていろいろと考えさせるきっかけになった。
ことの発端は、我々の住んでいる四号棟の天井吹きつけ材にアスベストが規定以上の比率で含まれているということだった。これもしかし、話によると、アスベスト&中皮腫問題がオオゴトになってから環境省が「問題とされる基準値」を引き下げて、それで引っかかったらしい。この建物は大学の独法化にともなって、長崎大学の所有物(?)になったので、アスベスト除去工事にともなって長大以外の居住者(主として国家公務員)は退去し、我々大学職員は工事の進展に合わせて部屋を移るなどして対処してきたわけだ。
そういえば、この夏には、工事のための足場が強風にあおられて大破するという事件もあった。(これはこれで、見物だった)。
そんなこんなで、昨年の冬以降、棟の敷地内清掃はおろそかになっていた。
久しぶりの敷地内清掃は、9月末にやって来た。人間の管理下から外れた自然生態系は、まさに自然生態系の法則、神のプログラミング通りに伸び盛る。それを生態学者は「エコロジカルな秩序」として記述し、人間(と人類学者)は「無秩序な乱雑さ」と記述する。
こう考えると、エントロピーというのも分からなくなってくるよな。雑草が伸び盛るのはエントロピーの増大なのか? それとも減少なのか?
それにしても数ヶ月ぶりの草刈りは重労働だった。9月末は、まだまだ夏である。しかも雑草は繁茂している。こういうところ、つまり、人間による「攪乱」(ほらね、人間がいじるとエントロピーが増大する、という見方もあるわけだ)を経た土地に適応した植物を「雑草性植物」というのだが、このまま草刈りをしなければ植生の変遷を眺められそうなほど、植物の力は強い。
したがって、草刈りをする我々も真剣に取り組まねばならない。
その時に思いついたアイデアが、表題、である。「宿舎に牛を」。
宿舎の敷地内はおろか、駐車場の隅、周囲の土手などに生えている雑草性植物は、そのほとんどがおそらく牛の餌になる。つまり牛に食わせてしまえば、人間が草刈りをする必要はなくなる。しかも牛糞をそのまま土に返してやることで、地域内での物質循環も達成できる。いままでは、そして今でも、刈り取った草は「燃やせるゴミ」として焼却場送りにしてきたのだ。
土の養分をたっぷり吸い込んだ草を燃やしてしまうなんて、もったいない。せめて堆肥でもすれば……そのためにも牛糞という形で資源を取り出すのは良いアイデアだと思う。
飼うならメス牛にかぎる。仔ウシを産めば、ミルクだって分けてもらえる。地産地消、流行りなんでしょ?
冬の間は草が生えないから、専門家に預かってもらってもいい。あるいは、畜産農家から夏の間だけ借り上げてもよい。要するに「移牧」だ。
ちなみに、この提案をしたところ、同じ宿舎の住人のうち即座に賛同してくれたのは一人だけだった。さあ、いまこそ声を大にして……(表題に戻る)。
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