不惑の時限的目標
(Jan. 03/2008)
あと半年で40歳になってしまう。40歳は「不惑」なのだそうだ。四十にして惑わず、というやつである。日本人の平均余命からするとこれでほとんど、死ぬまでの半分を使ってしまったことになる。
以前にも書いたことがあるが、私は15年前に「あなたの余命はあと20年くらいですね」と言われたことがある。1994年にエチオピアでマンソン住血吸虫症というのを患ったことから、私の肝臓には寄生虫の卵が何万個と詰まっているのだが、それが20年くらいたつと肝硬変を誘発して結局死ぬ、というお達しであった。(ここを見てください)。
その時には「ああ、まだ20年も残されてる」と思っていたものだけれど、もうすでに15年目である。あと5年しかないじゃないか。
もっとも、長崎大学には熱帯医学研究所(ほとんど授業がなくて、研究ばかりやっていればいいところ)があって、そこにいる肝臓の専門家によれば「20年で肝硬変で死ぬなんてことあるか!」ということだったが、今のところ私は「あと5年で死ぬかも」ということを前提に生きている。そのほうが張り合いがあるでしょ。だって、エチオピアの平均余命は45歳で、私より若いヤツらが何人も死んでるのを見てきたんだから。
とにかく、あと5年なんだと、そう思うしかない。(ここまで書いて、80歳まで目一杯生き抜いたら恥ずかしいけれど)。
とりあえず(と、ビールを頼むように書くが)、2008年は今書いている論文2つを書き上げて活字にし、「お仕事」をそつなくこなし、そして、本を書かなきゃいけない。某出版社のMさん(編集者)にこれ以上不義理を続けるわけにはいかないのだ。
研究したいテーマも次々と湧いてくる。でもこう忙しいと、身一つでできることには限りがあるから、これからは学生(ゼミ生)たちもどんどんと巻きこんで一緒にやっていかないとムリな気がする。
死ぬまでのことを考えたら、是非ともやっておきたいことが3つ。そのうち2つは音楽がらみ、もう一つはバンナのことだ。
一つはJ.S.バッハの「クラヴィーア練習曲集第四部」、通称「ゴールトベルク変奏曲」を弾けるようになること。ピアノ歴27年、しかし一度も教わったことがなく、そのうえ左手の動きがまったくダメな私にはかなり遠い目標である。
ふたつ目はアルバン・ベルクの「管弦楽のための3つの小品」(Op.6)というオーケストラ作品を分析すること。これはかなり知的な営みで、じつは総譜そのものをまだ入手していない。これは「老後」の楽しみにとってある。
最後は、「バンナの人たちの手助けをすること」だ。海外開発援助とでも何とでも言ってもらえればいいが、もし80歳まで生きたとしたら、最後の20年は継続的にバンナの人たちに捧げたい。
ここまでのBGMは高橋悠治が弾く「ゴールトベルク変奏曲」、ついでグレン・グールドが弾く1955年録音の「ゴールトベルク変奏曲」。(多少音楽の心得があると思う人は、小沼純一さんの『バッハ「ゴルトベルク変奏曲:世界:音楽・メディア』(みすず書房)を読みながら聴いてみよう。)
オレ達みんながイチローやマイルスやクロサワになれるワケじゃない。でも、そこまでの道のりは誰だって同じだ。
これが私の「不惑」である。
そうだろ? コンパニエーロ。
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