自信満々に、幻
(Nov. 5/2008)
2週間ほど前のことだが、ゼミ生の調査に付きあって拓本を取りに言った。昭和初期に建立された石碑の文面を読むためである。
ゼミ生のフィールドは大学から歩いて20分くらいのところにある。戦時中の水源地(ダム)開発のために一部移転を余儀なくされた集落である。私が長崎に来てからまっさきに興味を引かれたこの開発史研究に、ゼミ生HAが取り組んでくれているのだ。
件の石碑というのは、墓地の移転に関するものである。以前の墓地がダム湖に沈むため墓地は丸ごと高台に移された。それを記念した石碑の裏面を読みたいという要望を聞いて、まっさきに思いついたのが拓本だった。
拓本の取り方なら知ってる。私は大学時代に博物館学芸員資格科目というのを履修していて、考古学実習で拓本の講習を受けていたのだ。もっとも肝心の考古学実習科目を途中から投げ出して、資格をとることは出来なかったが。
石碑の拓本を取るのに必要なのは「墨とタンポと半紙」である。魚拓だって同じやり方で取る。本来なら石碑の拓本を取るには墨汁ではなくて油墨、タンポも専用にしつらえたものがあればベストである。だが当方の目的は拓本を鑑賞することではない。あくまでも読めればいいのである。だからゼミ生には、「ティッシュとガーゼでタンポを作れ」「墨汁を用意しておけ」「大きめの半紙を買っておけ」と命じておいた。
あと必要なのは霧吹きだが(紙を密着させるため)、それにはゼミ室にあった適当なスプレーを当てた。これで準備完了である。
さて、現場に到着し、頭の中にある(かつてやった)とおりの手順で拓本を取っていく。石碑に紙を当て、霧吹きをかけて紙を密着させ、タンポに墨を含ませて叩いていく。だがなんか変だ。
やりながら、「あれ? オレって拓本取ったこと、あったっけ?」と思い始める。
やったに決まってるだろ。単位を落としたとはいえ、考古学の実習でやったんだし、実際、必要な道具についての知識だってちゃんと身についてるじゃんか。
と自分に言い聞かせながら、石碑に紙を当てて墨で叩いていく。かなりデコボコしていて、同じ箇所を何度もやり直しながら、大部分を読み取ることに成功した。ところが成功しながらも、頭の中は過去の記憶を巡る「?」で一杯である。
おれって、拓本実習やったんだっけ?
ということをジャーナルに書いたところ、当時を知る人々からコメントをいただいた。同級生のtadatakoさんからは「マスダミガク君は、実習は選択したけど、湿拓の課題は提出しなかったんじゃなかったっけか?」とのコメント。「研=みがく」というのはなんとも懐かしい響きである。
同じ実習科目を受講していて、私の欠席続きを心配して下さっていたayaさんからは「私の記憶では、出席はしてなかったけど、課題だけは出していらしたような……」という証言をいただいた。ここで、なんとなく「土器片の拓本を取って提出した」というビジュアルが脳裏に浮かんできた。ほおら、やっぱり拓本取ってる。
ところが再びtadatakoさんから、「土器片の乾拓は授業中にやったんではないか」という、当時の情景をありありと思い出させるコメントが……。そうか、土器片は乾拓で、「近所の何かの湿拓を取ってきて提出せよ」という課題はすっぽかしたんだった。
そうだ。考古学実習の先生は、出席を取りながら「マスダミガクさ〜ん」と名前を連呼して私に提出を促していた、と後になって聞かされていたんだった。
実習授業で拓本を取ったという記憶も幻なら、それにまつわる事実関係もすっかり記憶の奥底に閉じこめられていたのである。それでいて自信満々で「拓本取ろうぜ!」と学生たちに促していたのだ。
ひでぇ「先生」だよ、まったく。
一つだけ確実なことは、私が小学生の時にたくさんの魚拓を取っていた、ということだけなのだ。
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