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目利きである必要はない

(Dec.15/2003)


青山学院大学管弦楽団のMさんから、定期演奏会へのお誘いをいただいた。演目はシベリウスの「フィンランディア」、チャイコフスキーの「イタリア奇想曲」、そしてラフマニノフの「交響曲第2番」である。コンサートが開かれたホールは後楽園にあった。東京近辺で30年以上暮らしていながら、なんと後楽園で下車するのも、東京ドームの実物を見るのも初めてである。

かつて私は、西洋クラシック音楽に関してはマニアといってよい生き物だった。とくに吹奏楽に入れ込んでいた頃は、さまざまなコンサートに、週に5日も通うことがあったほどである。これはもう、しかし、今となっては昔のことである。開演前の客席のざわめきとか、演奏前の音合わせとか、指揮者が登場するまでの緊張感とか、そういったものすべてが懐かしい。こういうのを目にして、自分が舞台の上に乗っていた頃のことをいろいろと思い出していたのだが、心に浮かぶのはどちらかといえば「失敗」の記憶だけで、舞台の上であまりうまく事が運んだ記憶がないのだ。

かつて、多くのコンサートに足を運び、レコードやCDを買い漁り、楽譜を買い求め、自分でも楽譜を書いていた頃の私は、触れたら手が切れてしまいそうなほどに鋭く冴えた耳を持っていた。調音の狂いは絶対に聞き逃さず、一瞬のサウンドを聴いただけでどの時代の、誰が作曲した作品かを言い当て、オーケストラの音のマジックのからくりをも、かなりの精度で言い当てることができたはずである。まとまりがあって、なおかつこぢんまりとせず、適度な華やかさのあるサウンド。それをどうやったら作れるのかを解明しようと、躍起になって音に耳を澄ませた。いま思えば、当時の私は「音楽」ではなく、「サウンド」を聴いていたのかも知れない。

実験的な作品や現代音楽の類に傾倒していた頃もあった。スティーヴ・ライヒのミニマル・ミュージックなんかに興味をひかれたのは、そうした傾向の現れだっただろう。そういう私は、今度は「音楽」でも「サウンド」でもなく、「コンセプト」を聴いていたのだと思う。人が聴かない曲を知っている、そのことに優越感を感じていたはずだ。それに当時は海外のディスクを入手することは容易ではなくて、その点でも、他人が持っていないものを持つということは、それなりに意味あることだったのだ。

さて、青学管弦楽団の演奏である。昔の癖で、音楽を聴きながら批評をしようとしている自分がいる。だが、批評する耳を私はすでに失っている。目利きならぬ「耳利き」でない人間は、ただ音の流れに身を任せることしかできない。ホールの感じを探っている感じで、今ひとつ乗れない「フィンランディア」がおわると、つぎにはチャイコフスキーだ。明るいワルツに入ったあたりで、オーケストラが急に鳴りだしたように感じた。その「鳴り」は休憩時間をはさんで、後半のラフマニノフの交響曲にまで続いた。音楽を聴くのに、目利きである必要はない。もちろん知識や経験があったほうが、楽しみは倍加する。だが、知識や経験が邪魔になることもある。いまの私はちょうど良いくらいに耳が鈍っていたおかげで、コンサートを楽しめた。もちろん演奏は素晴らしかった。

これに似た体験を、今年はもうひとつしている。7月に青学生Tさんが、彼女の出演する芝居に招待してくれたのだ。Tさんは以前に私の授業を受けていた人だが、ワケあって昔の知り合いでもある。私が見たのは3日間の公演の初日で、客席は超満員。私はいちばん後ろの、隅の席に陣取った。会場全体の熱気はすごい。芝居は荒削りな感じがしたが、ここでも私は批評をすることをはじめからあきらめた。客席と舞台が一体となって芝居を盛り上げていくような、そんな空間的波動に完全に同調してしまったのである。作品に完全に同調してしまった人間に、批評などできるわけがない。当日の私は連日の仕事で疲れはてていたのだが、芝居を見終わった頃には完全に回復していた。劇場というのはすごい治療効果を持っている。

いまこれを書いていて、つくづくMさんやTさんをうらやましいと思う。たった一回の舞台のために数週間、数ヶ月を費やし、金銭的な見返りを期待せずに、好きなことに取り組んでいる。学業だっておろそかにはしてない(・・・と、思う。すくなくとも私にとっては、二人とも優秀な学生さんであった)。こういう経験は、やれるときにやっておかないとなあ、と過ぎ去った過去に思いをはせるのであった。