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A.M.に

(Jan.31/2004)


死者に対してことばを紡ぐことは、原理的に不可能だ。語りかけるべき相手はすでに生者としてはそこにおらず、また、よしんば語りかけたとしても、当の死者がそれを聞き届けたかどうか、それを確かめるすべはない。

もちろんここで、「死」と「詩」を結びつけて「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」というアドルノのテーゼから話を始めることもできる。だがここではそれは、あまり適当でないと思う。

大学院の後輩、A.M.が交通事故で亡くなった。その知らせを聞いたのはついさきほどのことである。事故は1月初旬に起きており、すでに葬儀なども済んでしまっていた。彼女はアラビア語に堪能で、将来を期待されていたが、フィールドワークから帰ってくるとそのまま大学に姿を見せなくなり、いつのまにか辞めてしまっていた。その理由を私は知らない。一度だけ、彼女が長い手紙をくれたことがあったが、十数枚にもわたってつづられ、おびただしい数の脚注に彩られた手紙の内容を、私はほとんど理解できなかった。

死は身近であって、身近ではない。先日、私は千葉県富津にある寺で先祖の法要をおこなったが、そこで、いずれ自分が入るかもしれない墓を洗いながら、にもかかわらず、自分が死ぬことをリアルには想像できなかった。今回の法要では、祖父の17回忌、祖母の27回忌、曾祖母の50回忌を一度におこなった。葬儀や法要をおこなうのは、死者を無事にあの世に送り届けるという建前もあるが、しかし実際にはそれは生者の側の都合によってなされている。「送り届けた」はずの死者が、あの世で満足しているという保証はいつまでたっても得られない。

だから若くして死んでしまったA.M.にここで何かを語りかけようとか、そういうつもりは毛頭ない。追悼のことばを公の場所で述べることは、ほとんど自己満足だといっていいだろう。それに「語りかける」側の生者ですら、そのうち死ぬのだ。そう、「生きる」ということは、そのまま、「死につつある」ことでもあるのだ。

死者に語りかける資格などない、そういうことを思ってみて、ふと詩人の宗左近のことを思い出した。自宅の本棚のどこかに彼の詩集『縄文』があったはずだが、どうにも見つからない。そこで『縄文』に曲をつけた三善晃作曲の「詩篇」を聴こうと、CDを引っ張り出した。ついでながら、これまた苦労して手に入れておいた「詩篇」のフルスコアも探し出した。

「レクイエム」「詩編」「響紋」は、三善晃による「生と死の三部作」とでも呼ぶべき作品だ。第二作「詩篇」において、このもう一人のA.M.は、混声合唱に「花いちもんめ」を歌わせる。

啓ちゃんもとめて、花いちもんめ

ゆりちゃんもとめて、花いちもんめ

それはある意味で、生と死の取引だ。そして第三作「響紋」において、三善は「かごめかごめ」を児童たちに無邪気に歌わせる。

かごめ かごめ

かごのなかの鳥は いついつでやる

夜あけのばんに

風のなかの骨は なになに見やる

波のなかの骨は いついつでやる

雲のなかの骨は どこどこ行きゃる

死なくして、生を想像することはできない。墓参りをすることで、あるいは、A.M.のような友人を失うことで、私は自分が生きていることを理解する機会を得たのかもしれない。しかし、それすらも、私の摩耗しきった感覚はとらえきれていない。

あきちゃんもとめて 花いちもんめ

そう、A.M.は向こう側にとられてしまった。

けんちゃんもとめて…

えっ…?

うしろのしょうめん だあれ



つぎは、私の番かもしれないのだ。