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30代フリーターが背負う借金

(May 15/2004)


前々回のTalk「カネの話は後回し」を書いた後で思い出したことがあるので、今回はそれについてグチグチ書くことにしよう。テーマは日本育英会である。

このサイトを作り始めたころ、オープニングページには「五流人類学者・増田研のウェブサイトへようこそ」と掲げていた。なぜ「五流」かといえば、自分が「一流」や「二流」ではないのは確かだし、かといって「三流」や「四流」では世間が納得しないだろう(?)との思惑からである。まあ「五流人類学者」とは、つまりゴミであるということだ。そう、私はよく平気で罵声を浴びせたりするが(慎むべきとは分かってますが…)、自分自身はゴミなんである。

もう少し詳しく書こう。バンナを集中的に研究している人類学者は世界で私一人しかいないので、この点では第一人者、あるいはクラシック音楽のコンクールみたいに「一位なしの二位」みたいなところである。しかしエチオピア研究全体や日本の人類学の脈絡で考えれば、私など、論文が注目を浴びたこともないし、引用されたこともない(2004年5月現在)。いまだ特定の大学に籍も置いていないので、なんらかの大役をまかされたこともない。こういうのは、私の「売り込み」がなっていないというのも一因だが、やはり研究そのものがダメだからだ。

私の場合、大学に助教授なり講師なりとして就職できるかどうかは、去年までは切実な問題であったが、残念ながら昨年は、とある大学でぎりぎりのところでコケてしまっている。この段階で、私は今後20年あまりにわたる借金返済を背負い込むことが決まってしまった。いわずと知れた、日本育英会である。

育英会には大学に入った当初からお世話になっていた。学部4年間の分はすでに何年か前から返済がはじまっている。しかし大学院に入ってからの分は、5年間の返済猶予を受けていた。この猶予期間中に研究・教育職に就職が決まれば返済は免除される。決まらなければ返済が開始される。手続きなどは多少ややこしいところがあるが、基本的なコンセプトは明快である。つまりこういうことだ。

(1)すぐに大学の先生になれた人は返さないでよろしい。

(2)そういう人は、大学院時代にしっかり研究業績を上げた人である。

つまり

(3)怠け者や才能の無いものは金を返すべし。

……である。たしかに、私は大学院時代にしっかり勉強したとはいえないし、研究業績だって貧弱だ。事実、自分でもどうしようもないと思うくらい怠け者だし、才能の無さも痛感している。したがって日本育英会から金を借りたことが、そもそも間違いだったんだな。

育英会の返済免除規定については、たしかにひとこと申し上げたい気もする。たとえば、非常勤講師として教育に従事している人間の姿は、育英会の目には映らない。つまり授業をやっているだけでは「研究・教育に従事する者」とは見なしてもらえないということになる。非常勤をやっている間は返済の猶予が認められるが、それだけでは返済免除(つまり借金棒引き)の特典は受けられないのである。

妬みやひがみを込めて書けばこうなる。無事に就職できて、授業回数に関係なく定収入が得られ、夏休みや冬休みもあり、ボーナスももらえ、種々の保険(雇用保険を含む)の特典があり、おまけに研究費獲得への道が開かれた専任教員は、育英会から「債権放棄」してもらえる。これが非常勤を続けている人間だと、沈みかかった船からは取れるうちに取っておこうとばかりに返済請求される。

ほかにもいろいろ理由はあるのだが、とにかく私は、これから死ぬまで金を返し続ける人生を送ることになる。もはや開き直るしかあるまい。借りた金は返すべし。あたりまえの話である。不動産物件を購入した人たちだって、残りの人生の大半を借金返済に充てているのだ。「同情するなら金をくれ」という台詞が話題になったドラマがあったけれど、私の場合には、まあ「お金は自分でなんとかするので、ひとまず同情してください」ということになるだろうか。

忙しい毎日を送っているが、仕事があるということには感謝しなければなるまい。でもこの「感謝」、いったいどこに向かってすればいいのだろう?